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| ALICE FESTIVAL 2003 参加劇団劇評集 |
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年1回発行 |
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| 態変の「碧天彷徨」は遁走のロードムービー劇。髪を刈られて施設に収容された女の子(井上朋子)が隣のベッドの、人知れず処分されていった友だちのあとを追って脱出。もう一人(菊地理恵)もあとを追い、二人がついに広い広い大海原に達するまで。這ったり歩いたり転がったりのその道中に、馬に乗って散歩する紳士に出会ったり街の雑踏に紛れ込んだり離れ離れになったり再会したり。 よくあるロードムービーと違うところは、人々が自然とともにあった太古から、日本の近代・工業化の歴史、その挙句の戦火まで、“時”も自在に旅することだ。二人は、山の襞ひだから出現してくる神々とともに太鼓を叩き手拍子打って歓びあったり、亡き母親にランドセルを背負わせてもらって懐かしい幼時を旅したり、体たちで作る機械工場や、都市爆撃にさらされる町を通っていく。 最後に到達した海はしかし、舞台いっぱいの白い波幕が風をはらんで荒れに荒れ、波間には厳しい顔をした女(金満里)がピンと立った鞭?を持ってじっと待ち設けていた。やがて女が手に持っていた小さな人形をポイと棄てて幕。その人形は最初、施設で人知れず処置されていった女の子が持っていたものだから、おそらく海は母であり母でありながら子を棄てる、何か巨きなものであった。台詞で説明しない劇なので受け取り方は自由だが、この国のことを想わないわけにいかなかった。 素晴らしかったのは黒子の使い方。黒子は動けぬ身障者を運び込んだり担ぎ出したり、態変の芝居にはいつも出てくるが、今度はそういう、居ても居ないものとするという約束事の役割でなく、あるときは収容施設で黙々と衣服を配ったり余計者を廃棄したり、また街頭から舞台の蔭へいやがる身障者を暴力的に引きずりこんだり、社会の目には見えない黒い手たちであった。 歌舞伎における黒子は世界に誇る発明だが、それをこんなにも表現に不可欠なものとして登場してきたのは、この「碧天彷徨」が初めてにちがいない。坂本龍一も少し入っていたというが、さまざまな音楽から選ばれた曲、その音効(イマジン)も言葉以上に表現豊かで美しかった。次作への期待は昂まる。 |
きららの「キリンの眼」は役者の芝居だった。それも飛び切り魅力的な役者たちの、である。 何もないエンプテイ・スペース、ただ真中に白い円形の演技エリアがあるだけ。役者たちは、まわりに腰かけていて階段を駆け上る足音や町の騒音などいろいろな音を声で出したり、番がくるとエリアに出てきて役をしたり。経営に四苦八苦の小さな人材派遣会社を経営している鈴木イッペイ(渡辺コウスケ)と、そこに出入りするとよとみひでよし(豊永英憲)、その姉とみこ(宗真樹子)以外は、必要に応じて役を替え何度でも出てくる。 この手法だけいえば80年代に盛行した“PlayはPlay”、メタシアターの一つ。それほど珍しいわけではない。Playなんだから遊び道具もたったハンガー・キャリアが3台のみ。それが自由自在に動いて屋上への通路となりドアとなり手摺りとなり、マンションの壁になり窓になる。 珍しいのはだから手法そのものでなく、これは遊び、全くのフィクションですよという差し出し方を採りながら、その方法で提示されたのがそれとは真反対の、現代のリアリズム、具体的な生活だった、ということである。現代のとは、もちろん作者ときららの、であり、見ている私たちの、である。 タイトルのキリンさんはおそらく作・演出の池田美樹。 彼女は主人公のイッペイ同様、ビルの屋上から眼下の人々を眺め、あの人たちは「何で生きてるんだろう」、そして私は何で?――いっそ飛び降りてもし ![]() ![]() ▲碧天彷徨▲ |
まいたい衝動に駆られたことがあったにちがいない。舞台を見ながらそう思った。 聞けば、池田はこの作品をワークショップ、エチュード方式で創ったのだという。私の書いたせりふは半分ぐらいしかないんですよと言う。謙遜を翻訳すればそれは、彼女が役者たちの内部から、今回は、一人では生きていけない、しかし他とも決して生きていけない現代の、人間の寂しさといったものを見事に抽き出した、ということである。役者たちが他の誰でもない、まるでハナっからその役として生まれてきたみたいなのは、与えられた台詞や指示された演技でなくそれらが例え気がついていなかったとしても、もとは彼らの内にあったからに違いない。Playなら、心情吐露や自己告白なんかできない、したくない今ドキの役者たちだって安心して自分を解放できる、というものである。 ![]() |
| ALICE FESTIVAL2003 Data & 劇評執筆者一覧(敬称略) |
| 劇評へ 北嶋 孝 時空を越えて貫く時間 ゴシックホラーか歴史ミステリーか―榴華殿の愛憎劇 |
| 劇評へ 西村博子 すぎうらとしはるの「息子を待ちながら」 |
| 劇評へ 水谷圭一 超ロリコン合同公演 (超歌劇団+ロリータ男爵+ゴキブリコンビナート) |
| 劇評へ 「Love:A Distant Dialogue−愛:よそよそしい対話」 堤 広志 過酷でシビアな現実社会の 痛くてホロ苦い大人のラブロマンス 五ノ井 宇 身体だけで創った芝居 |
| 劇評へ E 同10/11・12 Daniel K & Co.fromシンガポール Daniel K演出・振付「Melatonin」 荻野哲矢 シンガポールの性&日本の性――異なる社会のミクロな力 |
| 劇評へ 原作/パク・ジョンヒ脚色・演出 「平心」 佐伯隆幸 象徴派の誘惑、あるいは、不安――「平心」のこと |
| 劇評へ 「カリフォルニアの碧い空〜LIKE A RAG DOLL〜」 村井秀美 アメリカはロスのリトル東京 差別と偏見の構造 |
| 劇評へ Ruby Shiva 出口なし――札幌の青春 |
| 劇評へ 加地耕三 表現は爆弾だ ! 沖縄のアニメ作家に託された金堂修一 |
| 劇評へ 貫 成人 ダンスシアターの新たな可能性 |
| 劇評へ Original Musical 「オペラハウス」 片岡容子 the place we belong |
| 劇評へ 「アドウェントゥーラ」 松本和也 例えば、〈物語〉の話をしよう──劇団Ugly ducklingのゆくえ |
| 劇評へ 森 薫 小さな街のいとしい人々の物語 |
| 劇評へ 中野薊花 むこうみずな鳥が飛び立った大空は?――劇団創立15年「南船北馬一団」 |
| 劇評へ 「新婚さんオソオセヨ(いらっしゃい)」 杵渕里果 明るい社会派アランサムセの「まだ死んでへんでー。生きてるでーッ」 |
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