超ロリコン合同公演

(超歌劇団+ロリータ男爵+
ゴキブリコンビナート)

      
「ゲートボールショック・ネオ」          
水谷圭一
 先日、初めて「ガラスの仮面」というマンガを読んだ。演劇マンガの名作ということもあって、この作品を読んだことのある演劇人は結構多いらしい。
 「面白いよ」と聞いてはいたが、少女マンガであることと、演劇を題材にしているという点で敬遠して読んでいなかった。演劇と少女マンガなんてどちらもパロディとしてバカにされやすいジャンルだ。まして「ガラスの仮面」は昔から連載しているマンガだし、どうせ読者は主人公が頑張って演技する様を斜に構えた読み方をして笑う。そういうある一定の低いレベルでしか楽しめないマンガなのだろうと思いながら低めのテンションで読み始めたら……。
 違っていた。面白過ぎた。確かに上記のような楽しみ方もあるけれど、絵柄は少女マンガのくせにストーリーがスポ魂マンガの文法で描かれているので、展開にグイグイと引き込まれていく。
演劇でこんなに熱いライバル対決が描けるとは。かなり画期的なマンガだと思った。
 そして何より主人公、北島マヤの演劇に対する純真で過剰なまでの情熱と愛情に、演劇人は「ハッ」とさせられ、恥ずかしくも心打たれてしまうのではないだろうか。
 で、超歌劇団の公演も全く同じ味わいを持った舞台だった。熱血マンガ風にデフォルメされたキャラによって、クサく熱く演じ展開されるゲートボール対決。しかもゲートボールのルールなんてのは全く無視で、ただただ必殺技の名前と解説を叫びながら球を打ち合うだけの対決。黒子によって往復する、棒につけられた、球。そして何よりそういったすべての事象を「ダサくてツマらない」もののパロディという視点から描くのではなく、純粋に「かっこよく面白い」ものとして愛情ある視点で描いている点に好意を抱き共感してしまう。
 いい年をした大人が一生懸命バカバカしい演劇をして いる。その演劇に対する純真で過剰なまでの情熱と愛情に「ハッ」とさせられ、恥ずかしくも心打たれてしまったのです。
 はたして東京にこんな「かっこよく面白い」演劇を上演する劇団がいくつあるのか。かっこいいフリをしながら、本当は「ダサくてツマらない」演劇をやっている劇団がごまんといるであろう東京。そんな東京の中野区から、静岡の富士山の清々しさに少なからず嫉妬する劇団主宰者もいるのです。          

(みずたに・けいいち/野鳩主宰)∽∽∽∽∽∽


「カリフォルニアの碧い空〜LIKE A RAG DOLL〜」
演劇人集団☆河童塾演劇人集団☆河童塾


アメリカはロスの リトル東京
差別と偏見の構造

村井秀美
 名古屋を拠点とする河童塾は、いつも何か社会的テーマを盛り込んだ作品を上演している。原子力発電所の問題や死後散骨葬などの重いテーマを、それほど肩をいからせず時にユーモアをまじえて描いてきた。
 今回の作品は、小劇場には珍しい日本人作家(加藤直人―演出兼)によるアメリカを舞台にしたもの。もっとも、そこで描かれるのは日系人・在米日本人の姿である。その小さな社会からその背後にあるアメリカ社会に偏在する差別と偏見の構造が浮かび上がり,さらに差別されてきたものが、逆に他者を差別するといった複雑な多層構造が描かれる。
 ロスアンジェルスのリトル東京にある日系人経営の安ホテルが舞台。そこで起こったエイズにからむ日系人間での発砲事件を題材にしているが、登場する様々な人間模様を通じて浮き彫りにされるアメリカ社会の差別と偏見に焦点が当てられる。
 プロローグは、廃墟のような安ホテルを十年ぶりに訪れた二人の役者仲間と車椅子の妹と介護する姉との出会い。会話の中から、自殺、発砲、疫病、黒人、差別などの言葉がかわされ、この作品のテーマが暗示される。
 次のシーンでは、十年前のこのホテルでの日系人として差別と偏見に曝されながらも、お互いに支え合っていく人間像が描かれる。日系人オーナー夫妻と妻の 妹、音楽を通じた友人同士の疫病研究者と元畳職人らが語る強烈なアメリカの自由へのあこがれと、現実にはほんとうの自由はなくなり、危険な闇の世界と夢を失くした中での苦闘のかずかず。
 当時、ゲイや麻薬患者に特有な疫病として報道されたエイズが登場して、差別や偏見はより複雑な様相を呈し、ついに日系オーナーによる元畳職人への銃撃死とオーナーの自殺という事件が発生する。差別されてきた日系人が、黒人や他のアジア民族やゲイなどを差別する者として立ち現れるという訳である。
 
 エピローグは、冒頭の十年後の場面にもどる。エイズ患者である妹の入院のための引越しを介護する姉、支援す る疫病研究者の友人の決意が語られ、一条の光明を感じさせるエンディング。
 このように要約すると、シリアスな舞台となるところを、軽いタッチとスリリングな展開で、それほど深刻にならずに劇は進行する。随所に入る明るい音楽と英会話のせりふがアメリカらしさを感じさせてくれる。ただし、舞台に登場しないゲイの黒人が重要なカギを握っていることと、やや錯綜した人間関係がともすれば台詞に頼る展開となり、もうひとつのふくらみに欠けよう。
 ともあれ、社会的テーマを平易に面白くと心掛けているこの劇団には、更なる活躍を期待したい。

(むらい・ひでみ/フリーライター)