<鈴木厚人さん> 劇団印象「友霊」(7月21日-23日)
「幽霊と記憶をめぐるコメディー 歌舞伎調の演出も」
シバタテツユキさん(左)と齊藤了さん

鈴木厚人(すずき・あつと)
1980年5月、東京都千代田区生まれ。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、演劇活動に専念。劇団印象代表。作演出担当。2003年2月に旗揚げ。今回の「友霊(ゆうれい)」は第6回公演。
劇団webサイト:http://www.inzou.com/

−チラシやwebサイトの絵がなかなかすてきですね。
鈴木 いつも絵を描いてくれている大野舞が実は学生時代、ぼくが演劇の世界に入るきっかけを作ってくれたんです。ぼくはもともと映画が好きで、慶応大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で映画と写真を勉強していました。撮影はそれなりに経験していましたが、ぼくは映像を撮るときの設計図を描きたいと思って、4年生の夏から毎週1本、短くてもいいから脚本を書き始めたんです。その後週1本の短編から月1本の中編にシフトしていったころ、在学中演劇活動をしていた大野が、卒業直前に公演することになりました。彼女が以前出演した「農業少女」(野田秀樹作)がとてもおもしろかったので、そのイメージを思い浮かべながら書いていた脚本が、劇団印象の第1回公演「鴉姫」です(2003年2月26日、横浜STスポット)。脚本を提供するだけと思っていたら、演出担当もいないのでぼくがやることになった。しかも本当は1回限りでなくなることになっていたのに、とても評判がよくて、演劇はおもしろいなあと思い始めたんです。

−最初の作品は野田秀樹の影響を受けていたそうですね。
鈴木 野田さんのパクリですね。スピード感やことば遊び、テーマにダイレクトに影響を受けて書きました。もともとだじゃれ好きだったからぼくに合ってたんです。それが最初の作品です。このときの体験がおもしろくて、卒業していったんCM制作会社に入ったのに、入る前から1年後には辞めようと決めて、その通り辞めてしまいました。でも、最後に引き留められるぐらい頑張ろうと思っていましたから一生懸命仕事しましたよ。

−CM制作はおもしろい仕事ですから、決心がぐらついたりしませんでしたか。
鈴木 いやあ、たしかにおもしろかったんですよね。かなり任されるし。ただそのとき思ったんですが、プロフェッショナルはいつでも90点取る仕事です。でも学生時代は結果は半分しか取れなかったり零点だったりするけれども、志は120点取ろうとするじゃないですか。仕事はどんな条件でも、どんなに環境が悪くても必ず90点取らなければいけない。これはさすがにすごいと思いましたが、でも逆に、95点100点を目指してないのも分かるんです。そこが物足りなかった。

−会社を辞めるとき、周囲の反対に遭いませんでしたか。
鈴木 特にはなかったですね。いまは映像関係の仕事を個人的に引き受けているので、勤めているときと収入面でそれほど変わりませんし。家族も何か思ったかもしれませんが、言いませんでしたね。

−会社を辞めてから作風は違ってきたようですね。
鈴木 「鴉姫」がNODA MAP 以降の感じですが、第2回公演「嘘月」(2004年6月25日-29日、横浜STスポット)は夢の遊眠社時代の野田作品の影響を受けているかもしれません。その後STスポットのスタッフの助言で「ことば遊びなし」の作品を書いたのが「穴鍵」公演です(STスポット演劇フェスティバル "スパーキング21 vol.15" 15周年記念ショーケース参加公演、2004年11月23日 横浜STスポット)。第3回公演「幸服」(2005年2月10日-13日、横浜STスポット)は基本的には不条理劇ですが、野田さんとは違う形でことば遊びを取り入れたつもりです。ただ満足できる公演は楽日ぐらいで、なかなか難しかったですね。この公演を通じて、不条理劇を分からせようとテンポを落として理解しやすくするよりは、テンポを詰めたりスピードを上げる方がかえって評判がいい。意味だけではなくて、リズムやテンポが大事なことは身に染みて分かりました。演出の問題なんでしょうが、公演期間中に会場にいると、客席の雰囲気が伝わってくるんです。

−第4回公演「空白」(2005年6月17日-19日、江古田ストアハウス)は、雰囲気ががらりと変わりましたね。
鈴木 主演の吹原幸太(ポップンマッシュルームチキン野郎)が前回の公演をみて気に入ってくれて、ウェルメイドの芝居を一緒にやりたいというので書いた作品が「空白」です。彼が主宰をしているポップンの劇団員を全員出してほしいという条件も入れました。印象の本公演なのに、出演者はポップンのメンバーの方が多かった(笑)。正直言って前作の「幸服」の評判が芳しくないのはショックで、じゃあまったく違う雰囲気の作品にも取り組んでみようかと思って引き受けました。

−いろんなタイプの作品を手がけていますね。
鈴木 「穴鍵」も「静かな演劇」と言っていいかもしれません。いろんな脚本を書いていきたいので、いろんな型を身に着けたいと思っています。その上で本当のオリジナリティーが生まれてくるような気がするんです。ウェルメイドも経験がなかったのでしっかり書いてみようと思いました。自分の中では満足できない面もあるんですが、お客さんの評判はかなりよかったし、この手の笑いを書く力が自分にもあるんだなあと思いました。

−「空白」公演をぼくもみましたが、鈴木さんはいろんなタイプの作品を書く才能があることが分かったし、スポットだけで暗転なしの場面転換を実現したり工夫の跡が見えて、とても興味深い舞台でした。
鈴木 「空白」公演では実はかなり演出を意識して、あんまり表に出しませんでしたが実は、音をテーマにしていました。例えば主人公の小説家が書く小説は音がテーマだし、好きな人が飴をなめたり口の中で噛む音とか、生活上の響きを取り入れるのが隠れたモチーフでした。最後にヤカンのお湯が沸騰してピーッという音を出しますが、その音で夫婦が和解するシーンもあったんですよ。

−そうですか。気が付きませんでした。他の舞台をみて演出のヒントを得ることもあるんですか。
鈴木 そうですね。「空白」公演の演出は自分でもまだ納得していないのですが、その音をモチーフにした演出は自分で工夫したので印象に残っています。ほかの公演では、小劇場よりも大劇場の舞台の方が参考になりますね。現代の作家が書く歌舞伎に関心があって、先日三谷幸喜さんが書いたParco歌舞伎「決闘!高田馬場」(2006年3月2日-26日)もすごくおもしろかった。野田秀樹さんの書いた歌舞伎もおもしろいと思います。様式や手法があって、早変わりとか仏壇返しとか、ケレンとストーリーで見せていくんです。そういうアイデアと仕掛けで見せていく芝居が気に入って、次の芝居では歌舞伎を参考にした演出を考えています。

−次の公演「友霊」はどんな芝居になるんでしょう。幽霊が登場するんですか。
鈴木 もちろん幽霊が登場しますよ(笑)。「空白」と同じように、コメディーです。ぼくたちの記憶って、写真とかビデオとか、外部のデータに頼っている部分が多いんじゃないか。亡くなった人の写真がなければ、故人の面影を記憶していられるだろうか。そんなことを考えて作った芝居です。交通事故で亡くなった青年が幽霊になって戻ってきたのに、家族や友人らは思い出を大切にしていながら顔を思い出せない、ということから始まるコメディーです。

−今度の公演のチラシには、ゴスペラーズの北山陽一さんのことばが載っています。知り合いなんですか。
鈴木 劇団員の加藤慎吾が知り合いで、それが縁で北山さん主催の音楽イベントでサプライズ企画というものをやったんです。ミュージシャンの演奏の合間に変なダンスやコントをして、場内を沸かせる役目なんですが、これが好評で、それ以来ずっとそのイベントに呼んでいただいています。

−慶応大のSFCといえば、演劇活動が盛んなんですか。SFC出身のペピン結構設計はかなり公演を重ねていますよね。
鈴木 ペピンの石神夏希さんが作・演出した「東京の米」はとても魅力的な作品でした。「米を産む女」という発想がまずすばらしい。一見不条理な話ですが、とても自然に受け止められるように書かれていて、これもすごい。ペピンの中で最も好きな舞台です。「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」というステージとともに印象に残っています。それ以降、小劇場の芝居をずいぶん見てますが、ペピンのこの2作品は群を抜いておもしろかったですね。「東京の米」は前半は正直言ってそうおもしろくない。でも後半になると、舞台にグーッと引っ張られるのが分かるんです。おそらく隣の人も引っ張られているような感じ。舞台に立っている役者も自分たちが引っ張っているという実感があったんじゃないかなあ。芝居を見て引っ張られる体験は、さっき言った「農業少女」の舞台とこの「東京の米」のふたつぐらいかな。それぐらいおもしろかった。ぼくの目指す舞台もそうありたいと思います。

−そうですか。引っ張られるんですね。おそらくその力は脚本だけでないだろうし、演出だけで実現できるものでもない。俳優の力量や、舞台美術や照明、音響などスタッフのすべての力が合わさって形作られる空間のうごめきなんでしょうね。それが演劇の魅力であり毒なんでしょうか。
鈴木 そこが最も演劇の魅力的な部分なんでしょうね。

−これからも年2回ぐらいのペースで活動を続けていくんですか。
鈴木 作品が書ければ公演したいのですが、だんだん慎重になってきたというか、書くのに時間がかかるようになってきました。時間をかける分、おもしろくなってきたとは思います。自分の中でOKを出すレベルが高くなってきたから時間がかかるんじゃないかと思います。出来れば年2本、さっき話したような、お客さんを引き込めるような舞台を作って自分も成長したいと思います。おもしろさだけでなく、この人でないと出来ない何かを書けたらいいなと思います。でもそれだけは「降りてくる」ものなんでしょうね。
(2006年6月5日、東京都杉並区の稽古場)

ひとこと>劇団印象の公演はこれまで2度見たことがあります。台本も演出も工夫されていて、仕掛けを凝らした物語もウェルメイドの楽しい作品も実現できる幅の広さに感心した記憶があります。延び白の大きな演劇集団のこれからに期待しています。(インタビュー・構成 北嶋孝@ノースアイランド舎)

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