<なすびさん> なすびプロデュース“なす我儘”「それを言っちゃあお終いよ vol.7 〜幽霊の正体見たり枯れ尾花」(2月15日-18日)
「笑ってハッピーになれる喜劇を ヒロインに振られるフリーター版寅さん?」
長岡ゆりさん
なすび  1975年福島市生まれ。専修大学卒。本名浜津智明。タレントとしてテレビや映画などに多数出演。2002年3月に演劇プロデュースユニット「なす我儘」を旗揚げ。今回が第7回公演。毎回マドンナに惚れては振られる主人公を中心に、笑ってハッピーになれるハチャメチャ喜劇をめざす。
なすびのwebサイト:http://www.kaonaga.com/
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−なすびは芸名ですが、同時に劇団名でもあるんですか。
なすび 劇団と言うより、ユニット名ですね。構成員はぼく一人で、作・演出と制作も兼ねていますから。公演の度にいろんな人に来ていただいているのでプロデュース公演の形になります。「なす我儘」は「なすがまま」と読ませて、プロデュース公演名ということです。

−学生時代に芝居の世界に入ったんでしょうか。
なすび 学生演劇とは縁がありませんでした。ぼくは福島出身ですが、高校までは普通の生徒でした。中高時代の6年間は卓球をやってましたし、当時の先生や同級生に会うと、みんな驚きます。「なんで、芝居の世界に入ったの」とか「学校時代は勉強ばかりやってたのに」などと言われます。いまはこんな格好してますけど、大学も推薦入学するような、ごく普通に勉強していたまじめな生徒でしたよ(笑)。

−転機はどんな形で訪れたのでしょう。
なすび ぼくは映画「男はつらいよ」が大好きでした。寅さんのおなじみのせりふをタイトルに拝借しているぐらいですから(笑)。嫌なことがあっても「寅さん」の映画を見ると何となく救われて、明日から頑張ろうという気になる。人生の教科書かバイブルのような感じなんです。それで高校時代から渥美清さんにあこがれたりしてましたが、映画や芝居の道に進もうと言い出したら反対されるに決まってます。高校を卒業するとき一度親に言ったらやっぱり「バカなことを言うな」と一蹴されました(笑)。上京して大学生活の中で進路を決めようと思って、最初は民間の小さな俳優養成所に通いましたが、そこでは満足できなかった。渥美さんは若いころお笑いの経験もあったからと思って、知り合いとコンビを組んでお笑いの世界に入りました。事務所のおかげもあってテレビ番組や映画にも出ましたが、芝居の世界で喜劇俳優、コメディアンになりたいと思うようになったのが2000年過ぎあたりかな。周りに俳優さんや舞台関係者の知り合いも増えてきたちょうどそのとき、深夜テレビの麻雀番組にたまたま出演したら優勝して賞金100万円を獲得したんです。2001年でした。これは神様が芝居を始めた方がいいときっかけを与えてくれてのかと思いました。天の思し召しかなと。それで旗揚げ公演に踏み切ったのが2002年3月です。

−その後は順調に公演を重ねてきたようですが。
なすび そうですね。今回が7回目になります。旗揚げの2002年に2回、03年に2回、04年1回、05年はお休みして昨年06年が1回、それで今回になります。それまでお笑いライブのようなステージに立ってはいましたが、本格的な舞台はこれが初めて。でも始めたら「なすびは舞台もやるんだ」と知る人ぞ知るところとなって、その後は大劇場の舞台に出させてもらったり小劇場の客演に呼ばれたり、活動の機会も範囲も広がりました。

−テレビのお笑い番組と舞台とでは違いますか。
なすび 人を笑わせたいと言う原点は同じですが、やはり芝居の中で役者として笑いをとれるようになりたいですね。もちろんコントやバラエティーにも挑戦して、役の幅も広げたいし、いろんな体験をしてみたいと思っています。

−旗揚げからコメディー路線は変わってませんか。
なすび 変わりません。ぼくの中では基本的に「男はつらいよ」を上演しているような気持ちなんです。ぼくは最初から同じ役で、ヒロインに惚れて、振られる(笑)。まんま「寅さん」ですね。これまでの6回、ずっとその路線です。シリーズとしてのおもしろさもあるし、毎回独立して楽しめる作品になっています。

−さくらや博やおいちゃんのような人物も登場するんですか。
なすび はじめの3作は家族がいて、ちゃぶ台を挟んで起きるお茶の間喜劇でした。そのあたりの雰囲気は「男はつらいよ」に似ているかもしれません。でも映画と違って、こちらの舞台は回を重ねるごとに同じメンバーを集めるのが難しくなって、主人公が旅に出るようになりました(笑)。毎回旅先を転々として、今回は港町が舞台です。前回は病院に入院していたり、その前は新婚旅行で旅館にやって来ました、喫茶店でアルバイト中という設定のときもありました。でも実際にぼくらの舞台を見て、これが寅さんだと思う人はいないと思います。でもぼくの中では、寅さんへのオマージュがあるんです。

−映画の寅さんはテキ屋稼業だったと思いますが、なすびさんの芝居で主人公は決まった役どころですか。
なすび フリーターですね。その場その場で働き先を見つけて、ふらふら暮らしているんです(笑)。そこで出会った女性に思いを寄せるというパターンかな。相手が自分を思っていると信じていたら実は別の男性が好きだったり、結婚したと思ったら詐欺だったり…。主人公は渥美さんにあやかって「橘清」と名付けて、旗揚げ公演が「橘清さんちのちゃぶ台」、2回目が「続…」、3回目が「新…」です。4回目以降はメーンタイトル「それを言っちゃあお終いよ」のほかに各回のタイトルを付けいています。今回は「幽霊の正体見たり枯れ尾花」です。

−共演の方は何人ぐらい? 今回もにぎやかな芝居になるのでしょうか。
なすび そうなんです。今回は共演者が9人ですから、にぎやかになります。「寅さん」映画は最後にほろりとする場面があったりしますが、ぼくの公演は基本的にメッセージはなくて、ともかく笑ってもらう、笑って笑って楽しんでもらう芝居にしようと思っています。くだらなくてばかばかしいことを、いい大人がやっている。そうやってあきれてみてもらえたら、ボク的には成功かな。どこかにメッセージを込めたり泣かせたりと言うお芝居はいろんな方がやっていらっしゃるので、それはぼくの色ではない。はい、単純に、あとに何も残らない芝居がいいかなあと。1時間半前後の芝居の途中、お客さんに肩の力を抜いてもらうために、ぼくが舞台に出て話すシーンを設けています。役を外して、お客さんとコミュニケーションをとらせてもらうのですが、これは舞台でないと絶対できないことですから。そんなことも含めて、子どもがいたら客席の前の方に来てもらって話をして、お客さんと一緒に楽しみたい、盛り上がれるようにしたいですね。

−タイニイアリスをよく使いますか。
なすび 都合がつかなかったりして途中で浮気しました(笑)。でも今回で4回目かな。最初の公演のときにスタッフのOさんが声をかけてくれたのがとっても心強かった。何もかにも初めてでしたから訳が分からない状態だったとき、公演の終わりがけに「よく頑張ったね」と言ってもらえた一言がうれしかった。芝居づくりを理解して好意的に見てくださる言葉は本当に励みになりました。その後も折にふれて、相談したりお話を聞いたりしてきました。ぼくのような芝居素人を受け入れてもらえるのはホントにありがたいですね。もう一つ、あの小さな空間がぼくらの芝居にちょうど合うスペースだった。お客さんと一緒に盛り上がれますしね。

−大衆演劇の常打ち小屋を使いたいと思ったことはありませんか。
なすび ぼくの芝居は歌や踊りが出てこないので、そこまでは考えませんでした。女装も早替わりもありませんし(笑)。お客さんとコミュニケーションをとる面では勉強できそうですね。お客さんのリアクションを身近に見ると、こういう雰囲気の中でやるのもいいかと思ったこともあります。「寅さん」も大いなるマンネリですが、大衆演劇も昔から変わらないものがズーッと流れていて、それが受け入れられている。とするとそれはもう文化ですよね。時代が変わっても、変わらないおもしろさとでも言うんでしょうか。そういうものは、絶対あると思う。そこは大事にしたいと思います。そういう意味でマンネリというのは、ぼくは褒め言葉ではないかと思います。ぼくの作品なんか同じことを繰り返していて、マンネリだと言われれば、そうか、やっと浸透してきたか(笑)と、積極的に受け止めますね。

−笑いのタイプにはいろいろありますが、どんな種類の笑いでしょうか。クレイジーキャッツとかドリフターズとか、バスター・キートンが好きだという方もいますが。
なすび やっぱり「男はつらいよ」(笑)。全巻そろえましたから(笑)。前回の入院場面は第3巻のシーンをオマージュして話を広げていったりしました。48作全巻きっちり見たのは2回ぐらいかな(笑)。だから忘れている部分も多いですよ(笑)。

−ヒロインは?
なすび 今回は佐古真由美さん、名古屋で活躍していた方です。ヒロインは毎回基本的には違う方にお願いするんです。共演して、すごいなあと思っても、前回のマドンナが次に別の役に出るのはなんかなあ、と思ったりして。

−いま所属は?
なすび ワタナベ・エンターテインメント、旧ナベプロですね。

−テレビでレギュラー出演の番組は?
なすび 福島の地元局で毎週土曜日の夕方、「なすびの目八丁耳八丁」という30分の番組に出演しています。

−チラシもおもしろいですね。
なすび 舞台シーンとは別に、デザイナーの方にぼくのイラストを描いてもらいました。今回はご飯を食べているシーンですが、前回はテレビ画面から自分が飛び出してくる絵柄でした。なかなかいいですよね。

−言い足りなかったことがあれば…。
なすび 言いそびれていましたが、ぼくは子ども時代、父の転勤に伴って、転校が多かった。学校でいじめにあったときもあります。そんなとき、志村けんや加藤茶がドリフターズのテレビ番組でバカなことをしている。それが楽しかったので、学校で真似したらみんなが笑ってくれて、それからいじめもなくなり友達もできた。つまり人を笑わせるのは自分も楽しいし人にも楽しんでもらえる、幸せになれるという経験が原点にあります。最近のテレビ番組では人を貶めたり辱めたり、殺伐とした笑いが多くなったような気がするので、のほほんとした笑いの番組がもっとあってもいいのではないかと思ったりします。子どもたちが学校でも家庭でも、勉強に追われているのはたまらないなあと思ったり。それだけではないんですけど、ぼくの舞台は高校生以下は入場料無料にして、ぼくが笑いで救われ場部分をちょっぴりですがお返ししたいと思っているんです。いい大人がこんなばかばかしいことを夢中でやっている姿を見てもらうのもいいのではないでしょうか。今回初めて、子ども無料をチラシに明記しました。子どもの笑い声は舞台を元気づけてくれる。この舞台で儲けてやろうというぎらぎらした気持ちはあまりなくて、これはおもしろいんじゃないか、おもしろいことをお客さんと一緒に楽しんでもらいたいという、割にゆるーい気持ちですね。この舞台活動があるから、他の映像の仕事が頑張れたりする。劇団活動で救われたりする部分があるんです。アンケートで「お腹を抱えて笑いました。あまり笑って涙が出ました。また明日からまた頑張ります」なんて書かれると、いつもいっぱいいっぱいでもう二度としたくないと思ったりしても、そんな人が一人でもいたら次も頑張ろうか。ヨーシまた一人でもいいから笑わせてやろう。そう思っちゃうんですよね。

−ありがとうございました。

ひとこと>  ドレッドヘアにひげ面、真冬なのにハーフパンツにスニーカー。ちょっと怖そうですが、話しぶりも内容も優しくて真っ当すぎるほど真っ当でした。喜劇芝居への情熱が、子どものころのいじめ体験に根差しているというのも身につまされます。高校生以下、入場無料という思い切ったサービスに、なすびさんの優しさと思いやりが込められているようです。毎日がおもしろくないと感じているみなさん、タイニイアリスに足を運んで、思い切って笑ってください!
(インタビュー・構成 北嶋孝@マガジン・ワンダーランド)

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