「家族がテーマのミュージカル・プレイ 新しい可能性を求める公演に」
丸尾聡(まるお・さとし、左) |
−タイニイアリスにはこれまで何度か登場していたように思いますが。
丸尾 ええ、アリスさんは何度も使わせてもらっています。プロジェクトMは1986年旗揚げなんですが、90年代の一時期はホームグラウンドのようでした。アリスフェスティバルに参加したこともあるんですよ。ここしばらくご無沙汰していましたが、今回と、続いて11月にもアリスで公演です。また帰ってきたという感じですね。やはりなじみ深いし、落ち着きます。
−オーナーやスタッフとも交流があるでしょうね。
丸尾 イラクから演劇集団が来て公演したときなどは、お手伝いもしましたね。
−そうですか。今度の公演はこれまでの舞台とは違ってミュージカルになるそうですが。
丸尾 普段はいわゆるストレート・プレイ、会話劇をやっている劇団ですが、今回は歌あり踊りありの芝居をする。うちの芝居はこのところ、ダンスやマイムの比重が上がってきてはいたんです。でも“ミュージカル・プレイ”という形の、歌と踊りで運んでゆくタイプの芝居は、劇団として初めての取り組みです。
これまでとスタイルが大きく違う理由は、単純ですが、作・演出の担当者が違うから。これまでは私が本を書いて演出してきたのですが、今回は劇団文芸部所属のモスクワカヌが担当します。彼女は元々ミュージカル指向で、人物や場面、台詞の作り方など劇作の方向性にもミュージカル的な資質が見られます。私も実は、外部作品ではミュージカルや音楽劇の演出をしたこともあって、決して嫌いではないんですよ。劇団の公演でも、ストレートプレイながら「一作ごとに作風が違う」と言われたりします。いつも同じテイストの表現をする劇団がやはり多く、ある意味ではそれでこそ劇団とも言えるわけですが、私としては、ひとつの劇団が様々な表現の可能性を探ってもいいんじゃないかと思うんですよね。まあそうすると、固定客が付かないという問題は多少あるわけなんですが…。でも今回、小劇場であえてミュージカルに取り組むのも、かなり刺激的でおもしろいのではないかと考えました。
また、やや内部的なことになりますが、小劇場で活動する劇団というのは、ひとりの座付き作家の芝居を上演する場合がほとんどですよね。主宰が作・演出家で、その作品を上演するために劇団が存在するというケースが大多数。複数の演出家がいるのは文学座や円などの新劇系と、あとそうですね、青年団は規模が大きいですから、演出部には大勢の作・演出家が所属しています。私としては、小さな劇団にも作・演出家を育成する機能があっていいんじゃないかと思うんですよ。俳優育成の点でも、いまの小劇場ではひとりの座付き作家の世界にはまる人材は生み出せても、より広範な芝居に通じる人材は生み出せないケースが多い。プロジェクトMは20年もやっている劇団ですし、人材育成ということも考えていきたいと思い始めました。 “小劇場でのミュージカル”、“新人による演出”、ということには、そういう点でも意味があるのではないかと思っています。
−もともと音楽劇を作ってきたんですか。
モスクワカヌ 私は元々は宝塚の演出部を目指していて、その試験のためにミュージカルのシノプシスを書いていました。そして、劇作について学ぼうと日本劇作家協会主催の“戯曲セミナー”を受講したんです。そのセミナーには様々な劇作家の方が講師としていらっしゃるんですが、私が書いた作品の講評担当者が丸尾さんでした。作品を添削していただいたり、演劇への取り組み方について相談したりしたのが縁で、プロジェクトM文芸部に入りました。
−そうでしたか。今回思いが叶ったというわけですね。
モスクワカヌ そうなんです。これまで高校の演劇部に脚本を書いてきたりしましたが、それはストレートプレイでした。ミュージカルには、あたりまえですが歌とダンスがあり、音楽や振付など力のあるスタッフと、訓練を受けた出演者が必要です。私個人で上演することはとてもできないもので、劇団文芸部に入ったからこそ叶った思いですね。企画が通ったときには本当に興奮しました。それからはひたすら大変な日々で、かなりへこんだりもしているんですが…。でもあの嬉しさはやっぱり原動力になりますから、ずっと忘れずにいようと思っています。
−今回の作品は劇団から話があって書き始めたのですか。それとも書き上げていた作品を上演することになったのですか。
モスクワカヌ 劇団からというか、こういうものをやりたいと私が簡単な企画書を出したんですね。それが通ってから書きました。
丸尾 そうです。企画がまずあって、ではやりましょうとなって、実際に作品を書いたのはそれからです。当初の企画書とはかなり違ったものになりましたが、構成を詰めて書いていく作業を通して、彼女の表現したいものやその表現の方法が、より明確になったと思います。上演が決まって書くものと、そうでなくて書くものは、どちらがいいというわけではありませんがやはり異なります。芸術監督を務める私や、音楽監督や作曲のスタッフからも厳しい指摘が入り、彼女は書いている期間に5キロは痩せましたよ、もっとかな。
−配役はあらかじめ決まっていましたか。
モスクワカヌ いえ、台本を書き始めたときには、出演者がすべて決まっていたわけではありませんから。最初から当て書きというわけではありません。
丸尾 小劇場でのミュージカルに興味を持ってくれたのか、なかなかの豪華キャストとなりました。宝塚歌劇団出身の妃宮麗子さんとか、東宝や音楽座への出演経験が豊富な縄田晋さんとか、正直なところ、よく出演を承諾してくれたよなあと思うような方も登場します。アンサンブルについてはオーディションをやったんですよ。50人ほど受けてくれました。これまでのうちのオーディションでは最も多い人数です。そのなかから何人か入ってもらいました。
−最近ミュージカルの人気が高まったといわれていますが、どんな人たちが集まったのでしょう。
モスクワカヌ ミュージカル学院出身の方もいらっしゃいましたし、タレント事務所に所属してレッスンを受けている方、ダンススクールに通っている方も。ミュージカルやお芝居に何度も出演している方から、まだダンスの発表会にしか出たことのない方まで様々でした。早くにご応募くださった方は、何回かに分けてオーディションをしたんですけれど、最後に40人近くまとめてのオーディションになったんですね。一度に見て選ばなきゃいけないので、オーディションを受ける方と同じくらい私も緊張しました。アンサンブルとして必要だったのは20代前後の女性で、私と同年代ですし。
−ミュージカルは歌、踊り、演技など、いろんな要素を兼ね備えた俳優が望ましいと思いますが、実際はどうだったんでしょう。どんな基準で採用したんですか。
丸尾 最低限、歌と踊りをマスターした人でないといけませんよね。ちょっとこれは無理だよという人も受けに来てましたから。特に今回は踊れる人がほしかった。単なるダンサーではなく、踊れる俳優ですね。日本のミュージカルはどっちかというと歌中心なんです。踊りがほしくなるとダンサーを起用する。踊れる俳優というのは実は非常に少なくて、しかしダンサーだと台詞が難しい場合が多い。ミュージカル俳優は案外いないものなんだと思いましたね。
−どうしてミュージカルを作ろうと思ったんですか。
モスクワカヌ 以前はミュージカルは大嫌いでした。観ると恥ずかしくなっちゃうじゃないですか。ところがあるとき、たまたま観たミュージカルに衝撃を受けたんです。私はなんというか、わりと感動しにくい「低体温症」なんですけど、歌とダンスが入ると普通の会話劇より気持ちが盛り上がって、うっかり感動してしまう。私が感動させられたような作品を作りたいと思ったのがきっかけです。
−差し支えなければ、どんな作品か教えてもらえますか。
モスクワカヌ 『エリザベート』という作品です。東宝でも繰り返し上演されていますが、私が初めて見たのは10年ほど前の宝塚バージョンです。すごい衝撃を受けました。この作品は台詞というものはほとんどなくて、全編が歌とダンスで運ばれるんですよね。もう感動しっぱなし、みたいな。ウィーンで初演されている作品なので、アメリカのミュージカルとは違う重厚な雰囲気です。私はまだ15歳だったこともあって、ああこういう暗いトーンのお話もエンターティメントなミュージカルになるんだなと驚きました。
−今回書いた作品は家族劇、家庭劇だそうですね。
モスクワカヌ 思い込みかもしれませんが、どちらかというと日本のオリジナルミュージカ
ルには、メッセージ性の強い作品が多いような気がします。それも道徳的なメッセージ、極端に言うと「戦争をやめよう」とか「一人はみんなのために、みんなは一人のために」とか、ですね。私はそういうミュージカルが苦手で、物語としておもしろいミュージカルを観たいという思いが自分の中にあります。エンターティメントとして、関心のある家族のことをミュージカルで描いてみようと思いました。でも明るくはないです。親に愛されたいと思ってもそれが叶わない子供、子供といっても外から見れば充分大人なんですけど、そういう子供たちの心情が題材です。暗くてもエンターティメントになると『エリザベート』で学びましたから。
あと、家族という話の規模は、小劇場のミュージカルに合ってるんじゃないかと思ったんです。私が以前に書いていたミュージカルは、花道があってセリが何台もあってという、宝塚劇場のような大劇場を想定したものでした。でも、劇団公演で演出助手を何回もやってきたうちに、小劇場のよさもすごくわかって、小さな空間への愛着みたいなものも出てきたんですよ。オペラグラスで観る大劇場のミュージカルも大好きですが、小さな空間でやってみたら、それとは全然違う感触のものができるような気がして。前列のお客様には俳優の汗がほんとに降り掛かって、後ろのお客様にも俳優が踊る空気の振動が伝わって、歌になる前の呼吸の音が聞こえるような、そんな親密なミュージカルに、家族の話はフィットする気がしました。
−音楽もオリジナルなんですか。
モスクワカヌ はい。濱田利枝さんが作曲してくれました。丸尾さんの大学の先輩で、プロジェクトMでオリジナル曲を使うときには、このところ必ずお願いしている方です。
丸尾 彼女とは、何年か前から子供向けのミュージカルを一緒にやっています。芝居の音楽でもキャリアのある方です。今回、短いものやリプライズも入れると15曲近くあるんですが、そのほとんどか彼女の作曲です。敢えて既成曲を使ったところもありますが、それは1曲だけかな。
−振り付けは。
丸尾 工藤美和子です。オペラや舞台、ミュージカルなどの振り付けで活躍している方です。彼女もうちの劇団公演には何度か参加してくれていますし、やはり子供向けミュージカルを一緒にやっているんですよ。いまもそっちの稽古場でも会っています。
−ミュージカルではなくて、ミュージカル・プレイと言っていますね。
丸尾 既製のよくできたミュージカルもいいんですけど、タイニイアリスという小さな空間で上演するわけですから、普通のミュージカルと違うものを作れればいいなと思って取り組むわけです。もちろんね、小さな空間だとできないことや、あと予算的にできないこともあるんですよ。が、そういうことを逆手に取って新しい可能性を求めるという意味でも、ミュージカル・プレイと名付けてみました。ストレート・プレイに対してのミュージカル・プレイでもあります。普段は会話劇をやっていますが、ミュージカルというスタイルを採ってもそれは決して突飛なことではなく、我々は常にプレイに取り組んでいるんだということですね。
−どんな方に観てもらいたいとお考えですか。
モスクワカヌ 設定は洋物で、やや現実離れしています。ファンタジー的な要素もありますが、描かれているのは家族の葛藤です。設定は現実的でなくても、感情はリアルなんです。家族というのは人を成り立たせる原点でもありますし、そこで生まれた葛藤は、大人になっても抱えている方が多いかもしれない。そういう方には、癒しとはちょっと違うんですが、ご覧になってカタルシスを感じてもらいたいと思います。カタストロフ的なカタルシスかもしれないですが。
丸尾 小劇場ファンにぜひ、来てほしい。小劇場でこういうのもアリなんだ、と思ってもらえるんじゃないかと思います。いや、ナシだよと思う方もいらっしゃるでしょう。そういう賛否両論を起こす公演にしたいです。もちろんミュージカルファンにもミュージカルの新しい形を観にいらしてほしいですが、ミュージカルを観たことのない人、小劇場のお客さんにもぜひ観てほしいですね。
−小劇場ミュージカルに期待しています。ありがとうございました。
(2009年7月9日、東中野の稽古場)
<ひとこと> 小劇場とミュージカルは一昔前にはなかなか考えられない組み合わせでした。ところが流山児★事務所がブロードウェーミュージカル「ユーリンタウン」を上演し(5月29日-6月28日)、今度はオリジナルのミュージカルが新宿の小劇場に登場します。取り組む「世の中と演劇するオフィスプロジェクトM」はリアルな会話の積み重ねから日常世界を掘り起こしてきた骨太の劇団です。若い劇作家・演出家に挑戦の機会を与え、新しい可能性をどん欲に耕していく劇団の試みに注目したいと思います。(インタビュー・構成 北嶋@ワンダーランド)