<k.r.Arryさん> 劇団エリザベス「ファイナルファンタジー/やがて僕は拒絶する」(2010年10月14日-17日)
 「劇作100%」が書き上げた両A面芝居 4年で100本の経験値が弾みに」

k.r,Arryさん

k.r.Arry(ケーアール・エリー)
  1985年岡山県生まれ。日大芸術学部演劇学科卒。同学科の学生らと劇団エリザベスを結成。現在、いくつかの進行中の執筆を抱えるなど若手劇作家として活躍中。
webサイト: http://gekidanelizabeth.web.fc2.com/index2.html
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−高校時代から演劇活動をしてきたんですか。
Arry 実は高校時代はふわーっと過ごしてしまって(笑)大学に入るまで演劇にはほとんど無縁でした。見たこともない、まして戯曲を書いたこともない。予備校時代に国立を目指したんですが、やっぱり無理そうだと分かったとき、自分は何をしたいのかと考えたら脚本を書きたいと言う思いになりました。当時、三谷幸喜さんの映画「THE 有頂天ホテル」を見て、三谷さんの出身校を調べたら日大芸術学部だった。じゃあここを受けようと思ったんです。ですが映画学科や放送学科はもう願書締め切りが過ぎていて、受験できるのが演劇学科と文芸学科だった。そこで演劇学科を受けて入ったものの、周りは演劇活動経験者がほとんど。劣等意識がありましたね。だから授業の課題で作品を提出するとき、言われたとおり提出するだけではなかなか追いつけない。だったら1回に3作書いて提出しようとがんばりました。

−大変な作業ですね。
Arry 演劇はひとさまからお金を出してもらいますよね。千円とか二千円とか。でもそれってものすごく責任の伴うことだから、ともかく学生時代に戯曲を100本書いてみよう、おもしろくてもおもしろくなくても、100本書いた作者の戯曲、その舞台にはお金を払う価値があるんじゃないか。そう思って、1年で25本、4年で100本書き続けました。
  4年間で100本といっても60分以上の作品は半分ぐらいかな。あとは10分、15分の作品もあるし、シナリオもあります。ともかく書き上げたのが100本ということです。

−昔の作家は修業時代、柳行李にいっぱいなるぐらい習作を書きためないとうまくならないと言われたようですよ。それと同じかな。きちんと残してますか。
Arry それがですね、実は先日、パソコンにビールをこぼしてしまって、操作しているうちに誤って全消去されてしまった…。

−それは悲劇ですね。
Arry まあ、次に書くものこそ最上と思ってやるしかありませんね。作品はなくなってもネタは覚えてますからいいですけど、結構ショックでした。

−かなり作品を書いているとしたら、戯曲賞に応募したりしたんですか。
Arry 大学2年のとき、日本劇作家協会新人戯曲賞に応募したら、ぼくの書いた「箱「」庭」という作品が一次審査を通過して二次審査に残った。これで行けるんじゃないかと思いました。3年のときに応募した「JAPANESE ZoMBIE HoRRoR SHoW」も二次審査に残り、審査員の佃典彦さん(B級遊撃隊)がとても褒めてくれた。4年になって出したのが「クララ症候群」です。これも二次審査までいきました。ぼくの2年上の田川啓介さん(劇団堀出者)はこのとき、ぼくのさらに上をいって、「誰」という作品が最終候補に残りましたね。

−二次審査に残った「クララ症候群」は、同じ学科の後輩橋本清さんが主宰するブルーノプロデュースとArryさんの劇団エリザベスがジョイントして上演しますね。どんなお芝居ですか。
Arry 戯曲を書くと、どうしてもマスターベーション的な要素が入ってしまいますが、「クララ症候群」では、その要素を皆無にしようと意識して書きました。自分で書きながら、これって上演できるんだろうか、やれるならやってみろ、という気持ちもありました。実際に上演できるとは考えていなかったんです。そんなときブルーノプロデュースの「カシオ」公演を見たんですが、ホントにすばらしい舞台だった。役者の背景が立ち上がってくるような気がして、橋本演出だったら「クララ…」を上演できる、彼ならやってくれるんじゃないかと思って頼みました。

−お名前はArryとなっていますが、どう発音しますか。
Arry エリーと言います。新人戯曲賞に応募して名前が一覧になったとき、単純にアルファベットの名前なら印象に残るんじゃないかと。あと、ぼくのあだ名がエリーなんです。高校を卒業してふらふらしているとき、友人に誘われて占い師に見てもらったら、ぼくの前世はエリザベスだって。おう、女王かと思ったら、それは違うみたい(笑)。という話を大学の仲間に話したら、それからエリーと呼ばれるようになりました(笑)。

−どうして前世占いでしょう。輪廻の教えに従うと、人間が生まれ変わるときまた必ず人間になるとは限らないでしょう。動物かもしれませんし、永遠に生類として転生を繰り返す。その環から抜け出すのを解脱、という考え方ですよね。前世も人間だというのはたまたまなんでしょうか。占いに興味があったんですか。
Arry どうして行ったのかなあ。誘われたということもあったでしょうが、おそらく将来が見通せなかったからかもしれませんね。

−前世がたとえば「弥生」だと言われたら、いまごろそう名乗っていたんでしょうか。
Arry そうかもしれないけど、いやですね(笑)。名前のことでもう一つ言っておくと、D.H.ロレンスの戯曲「回転木馬」を読んで、アルファベット2文字を付けるのがかっこいいんじゃないかと思って、「k.r.」を付けました。その意味はぼくもよく分からない(笑)

−劇団は?
Arry 劇作家協会主催の戯曲セミナーのリーディング公演に戯曲を書かないかというオファーがあったので、そのとき演劇科の生徒たちに声をかけて立ち上げました。今回はエリザベス初の劇場公演なのでぼくが演出もやりますが、よほどのことがなければ今回が最後の演出です。そう決めてます。ぼくは演出に向いてないんです。

−どうしてですか。演出にはどんな才能、ノウハウが必要だと思っていますか。
Arry 単純にぼくには演出経験がない。書くのも演出するのもつらい作業ですが、そこに楽しみを見いだせなければやる意味がない。書くことはつらいけど、おまえにとって大事なのは何だといわれたら、やっぱり書くことなんです。100本も戯曲を書いてきて、がちがちの劇作家になっている。うーん。あまり人付き合いが得意ではないこともあるかな。

−人付き合い…。
Arry いま「クララ症候群」の稽古場によく行ってますが、俳優たちの稽古を見ていて、突っ込みたいときがいないわけではない。でも突っ込んじゃうと、その役者が傷付くじゃないですか。ぼくはそれができない。傷付くな、と思うと、おとなし目におとなし目にとなってしまう。演出向きではないんです。

−戯曲だと、その突っ込みはできるんですか。
Arry できますね、ハイ。書いているときは、キャラクターを決めて、あとは勝手に動いているのを見ている感じです。人間関係はこうだというよりも、こう動いたじゃんと言えてしまうんですよね。

−今度の作品は、書きためた100作の中から選んだんですか。
Arry いえ、新作です。これまで書いた戯曲をリライトすることはあるかもしれませんが、そのまま上演するということはしたくない。

−今度の公演は2本立てです。それぞれどんなお話ですか。
Arry 「ファイナルファンタジー」はホントに何も起きない話です。普通の舞台は何かが起きて、主人公が成長したりすることが軸になると思いますが、この芝居では主人公は多分、成長なんかしてない。
  人間には虚構を見たい欲があります。そのために演劇を見るのだと思います。これが多分優等生の回答なんだと思います。でも、われわれは虚構を求めているわけでも現実を求めているわけでもなくて、手を伸ばせば虚構なんていくらでもあるし、その虚構を現実に持ってこようとしている時代だと思っていて、そんなときにぼくは何を書けるのか。ともかく実際に劇場でネットにつなげてオンラインゲームをやってみようよ、と。

−コミュニケーション不全時代ですからね。
Arry ともかくいまの世の中のつながり方にとても違和感があります。ツイッターをやって自分を表現してるとか。mixi で友達とつながってるとか。相手を分かってると言い、みんなすごく言葉に依存している。恋人関係でも「好きって言ってくれなきゃいや」とか意味が分からない。そう思いませんか。「好き?」と聞かれて「好き」って応えるでしょう。そうなったら今度は「ホントに好き?」ってなるんです。友達の部屋に泊まりに行くときも、「ゴメンね」と言う、言わなければいけない。「いいよ、いいよ。そんなことないよ」と言うと、「ホントにゴメンね」(笑)。これが「ファイナルファンタジー」です。
  ぼくがゲームをしていると、周りの人がぼくに、ホントの話をしてくれる。それで「ホント」の話があるたびに、ズンズズズンとレベルが上がっていく。受けないかなあ(笑)。

−もう1本の「やがてぼくは拒絶する」は…。
Arry こちらは嘘の話です。主人公は障害者ですが、みんな本当のことしか言わない。君は障害者だね、と面と向かって言ってしまう世界。もちろんいたわることもない。この世界はためらいがないんです。「君が好きだ」と主人公が言っても、相手は「障害者はいやだ」と平然と言える。あるとき主人公がとうとう爆発して、嘘をつくことを覚える。でもこの世界は本当のことしかないので、全部本当のことになるというファンタジーです。演出は後輩の武田篤君(イと間あがき座)です。
  この2本で「両A面芝居」と言ってますが、二つの話はちゃんとリンクします。

−おもしろいと思う劇作家は?
Arry 好きな作家はあまりいないですけど、最近は前田司郎さんにすごくはまっていて、あの「なんなんだ!」という感じが好きです。戯曲「偉大なる生活の冒険」を読んで、おう、何も起きないなあ(笑)。でも、おもしろい。岸田國士戯曲賞をもらった「生きてるものはいないのか」よりずっとおもしろいと思いませんか。

−「偉大なる生活の冒険」の舞台も戯曲もよかったけれど、その前に発表された小説「グレート生活アドベンチャー」はワクワクしますね。特に冒頭、主人公がパソコンゲームに没頭する描写は、リズムとドライブ感があって引き込まれます。影響を受けたり記憶に残る舞台はありますか。
Arry 1年生のときはDVDも含めて、年間約100本の舞台を見ました。なかでも唐十郎さんの「透明人間」はすごいと思いましたね。あとはナイロン100℃の再演「ナイスエイジ」かな。小劇場を見始めたのは最近ですね。

−唐組とナイロン100℃とは、小劇場の王道を歩いてますね。
Arry ストーリーがほとんどなくて雰囲気だけ、唄って踊っておしまい、という芝居は苦手なんです。やはり劇作家なので。ぼくは演出にそこまで誇りはないし、劇作100%です。書くことに責任と誇りを持っています。そうでなければお客さんに失礼ですよね。「やがてぼくは拒絶する」を演出する武田君は、「クララ症候群」を演出するブルーノプロデュースの橋本君と同じく演出100%の人です。演出やるから、あとはフリーターでいいと言い放ったので、じゃあ任せようと(笑)。劇作家と演出家は分離した方がいいと思いますね。

−将来は?
Arry 社会人になって、働きたい。貧乏な生活が続くとしたら怖いな、と。ぼくがホントに望むのは、ステキな奥さんと結婚して、子供を育てて、日曜日にはみんなでボウリングなんかに行って、子供が転がすボールがガターに落ちたら慰めて、ストライクを取ったらわーすごいと声をあげて喜ぶのが夢なんです(笑)。家族でボウリングしている姿がすごくいいですね。あこがれます。

−そんな遠いステキな将来はさておき、直近の予定を教えてもらえますか。
Arry 9月初めは先ほど触れたとおりブルーノプロデュースと合同で「クララ症候群」を上演(9月2日-5日、新宿タイニイアリス)、続いて今度の劇団エリザベスの公演「ファイナルファンタジー/やがてぼくは拒絶する」の2本立て、さらに11月には劇団ギルド公演(11月5日-7日、浅草アドリブ小劇場)に新作を書き下ろす予定です。あといくつか進行中の話もあります。

−「劇作100%」の活躍をこれからも期待しています。
(2010年8月25日、西東京市・ひばりヶ丘駅前の喫茶店)

ひとこと> 「劇作家100%」というArryさんから、事前に台本を送ってもらったのですが、会ったときまだ読んでいないと言ったらとても落胆していました。落胆させてすみません。でも、こちらは「舞台」を見たいと思っているのですからご容赦を。演出は自信なげでしたが、意外な才能を発揮するかもしれませんしね。舞台を見てから、しっかり台本も読んでみましょう。写真は勘弁してくださいと、送られてきたのがイラストの似顔絵でした。実物はイラストより格段に男前ですよ。 (インタビュー・構成 北嶋孝@ワンダーランド)

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