<原田武志さん> 劇団ING進行形「ロング・アゴー」(2012年4月6日-8日)
 得体の知れない不安と恐怖を舞台に
Dr.エクアドルさん

原田武志(はらだ・たけし)
1984年、東京都生まれ。東京工業大学工学部附属工業高等学校建築科卒。日大芸術学部文芸学科卒。2004年4月に同大ミュージカル研究会の先輩と旗揚げ。作・演出・振付。代表。当初はオリジナル作品を上演。のちに古典作品を取り上げ、七五調、韻、割り台詞、渡り台詞を駆使した悲劇や風刺、不条理劇を得意にしている。2010年、11年に利賀演劇人コンクール出場。2010年シアターΧ国際舞台芸術祭、2011年タイニイアリス主催のミニフェスティバル、ドラマツルギに参加。今回は、アリスフェスティバル2011参加作品。
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−昨年、タイニイアリスのミニフェスティバル、ドラマツルギでみなさんの舞台を見ていますが、独自の様式的なスタイルを持っている集団だと思いました。どんな劇団なのか、旗揚げから経緯を教えてもらえますか。

原田 日大芸術学部のミュージカル研究会で知り合った先輩と共同で結成しました。この頃は、ミュージカルではなく、ダンスを取り入れた演劇を、という漠然とした目標だけ持っていました。2004年4月に東池袋にあるアートスペースサンライズホールで旗揚げ公演を行いました。かなり狭い地下空間で、出演者全員が一斉に踊り、そのまま芝居になだれ込むような作品でした。圧倒的な熱量のダンスから始まった空間は、徹底した構図(ミザンス)や類型表現(デフォルメされた誇張表現)による異化的な視覚や、叙情的な長科白とそれに連動した抽象的なマイムなどにより、徐々に変化していきました。コメディー要素の強いファンタジーでしたが、イラク人質事件が起きた頃の上演で、芝居内容が偶然リンクし、観客の反応も興味深いものばかりでした。この公演を終え、主宰2人だけだった劇団に、劇団員として出演者が数人所属し、正式に劇団と言える形になりました。しばらくは年2回、オリジナル作品を上演していましたが、「ロミオとジュリエット」を上演した2007年以降、段々と古典作品を上演する機会が増えました。

−それはおもしろいですね。演劇観の転換があったのですか。

原田 古典には前から興味はあったんです。きっかけは蜷川幸雄さんの舞台です。アテネで上演された「オイディプス王」(ソフォクレス作、2004年)や、シアターコクーンで上演された「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」(清水邦夫作、2005年)の舞台をテレビ映像で見てショックを受けました。ホントにすばらしい出来映えで、鳥肌が立った。蜷川さんのその次の作品は劇場で観ました。アーノルド・ウェスカー作「キッチン」でした。この舞台には鴻上尚史さんも出演なさっていました。蜷川さんには本当にはまり、関連書物や記録映像を次々に見ました。彼の舞台から受けた印象の多くが様式的な美しさ。中でもシェークスピアを手がけた作品に歌舞伎的なものを感じました。それは彼の演出だけでなく、翻訳されたせりふからも感じたのだと思います。渡り台詞、割り台詞のような流れといいますか。とにかく、大雑把な印象ですけど、シェークスピアと歌舞伎は似てるという印象を持ったんです。
蜷川さんの次に注目したのは野田秀樹さん。彼の作品の言葉のリズムや身体性に惹かれました。さらにはク・ナウカの宮城聡さん。ク・ナウカは演技する人とせりふをしゃべる人が別で、そういう形式や様式的な美しさ、また、そこに用いられるせりふ術や人形振りのような演技もたいへん素晴らしく思えました。余談ですが、彼の作品にしばしば出演なさる美加里さんは特に大好きです(笑)。
それと実はぼく、子供時代、劇団東俳に所属していて、子役で舞台に立っていたことがあるんです。歌舞伎座と新橋演舞場だったそうです。「そうです」というのもヘンですが、自分ではよく覚えていなくて、母がそう言っていたんです。手元に唯一残っている台本は、平成二年新橋演舞場五月公演(作・演出 ジェームス三木『愛と修羅 ―政宗に毒を盛った女―』)。北大路欣也さんがその舞台に出ていたようで。ぼくは梵天丸という、伊達政宗の子供時代の役。記憶にあるのは、最後に花道を一生懸命走ったシーンです(笑)。綺麗な着物を着た母上と鬼ごっこする感じでした。当時はとっても長いと思ったんですが、花道って意外に短いんですね。子供のころのイメージとは違っていて驚きました。ぼくが歌舞伎的なものに惹かれたり、音やリズムにうるさいのは、この頃の影響があるのかもしれませんね。

−オリジナルと古典とどうちがいますか。

原田 ぼくは、悲劇や不条理的な作品に惹かれているので、上演する作品はその傾向が強いです。オリジナルと古典に共通しているのは、ダンスを必ず取り入れていることでしょうか。オリジナル作品を手がける場合、物語性やエンターテインメント性を強く意識しています。また、古典作品を手がける場合には、ギリシャ劇でいうコロスという集団を出現させ、象徴的に何かを見せていこうとする意識が強いかもしれません。やや大人向けというか、ストイックな雰囲気も、古典作品を上演する際は強いと思います。

−どんな古典を取り上げたんですか。

原田 古典1作目として、まず2007年9月に池袋演劇祭で「ロミオとジュリエット」を上演しました。毒を飲んで死にかけているロミオと、仮死状態で夢を見ているジュリエットが、生と死の狭間で出会った瞬間から始まる舞台でした。その世界の二人には記憶がないんです。しりとりをしていくうちに二人は名前や記憶を取り戻していく。走馬燈のように記憶が湧いては消え、ロミオは死に近づいていく。逆にジュリエットは、記憶が戻るたびに仮死状態から蘇りつつある。ちょっとアングラチックなストーリーの1時間15分。ダンスもコロス要素もふんだんに取り入れて視覚的に訴える作品にしたのですが、やはり思索的で重い作品になってしまった。結果、賞にはひっかかりませんでした。でもロミオとジュリエットは、個人的に学生時代から上演目標に掲げていたし、このような特殊な構成で上演できて満足。夢が叶ってよかったです(笑)。
余談ですが、その翌年2008年にもう一度その演劇祭に参加し、エンタメ色の強いオリジナル作品で豊島新聞社賞を戴きました。ですが古典作品を上演する力のある集団になったという思いもあり、しばらくしてまた古典ばかり上演するようになりました。
古典2作目は2009年2月、王子の小劇場 pit北/区域で「王女メディア」を上演しました。この物語は単純に言うと、離婚する際に愛している子供を殺すことで夫に復讐するという話ですが、シチュエーションをいじり、ある有名女優の離婚記者会見の場に夫(浮気男であるホスト)が乗り込んでくるところから始まり、集まっていたマスコミの人たちがコロスとなり、会見中にすべての惨劇が起きるという形にしました。現実が虚構に侵食されて呑みこまれていくような形です。幕切れはコロスの人々が折り重なって塔を作り、それを女が昇っていく絵でした。
古典3作目は間にオリジナルを挟んではいますが同年2009年10月、イプセンの「人形の家」を上演しました。第1幕では、ぬいぐるみが役に見立てておいてあり、それをノーラという女が来訪者が来るたびに持たせたり、自分勝手に位置を変えたりしていました。クライマックスでは、男が借用証書をびりびりに破って投げた瞬間、頭上から大量の紙がどさっと降ってきて、それをゴスロリを来たお人形さんのような女の子(ノーラ)が傘をさして避けたりしていました(笑)。もちろんそれら古典作品にもダンスは必ずあり、そのダンスにも意味を持たしているんです。ちなみに「人形の家」の場合は、ロボットダンスでしたね。

−どういうところからストリートダンスを取り入れることになったんですか。

原田 ストリートダンスの振り付けをやっていた人に声を掛けられて、そのアシスタントをしたのが始まりです。その後、劇団を結成して、どうしたらストリートダンスの要素を演劇に取り入れられるか考えました。ぼくは演劇学科の出身ではないし、本格的にかじってこなかったので演劇のことをあまりよく知らない。だから自分の得意分野から入って行けたらいいなあと漠然と思っていたわけです。普通のお芝居は作りたくないという、妙な意地もあったとは思います(苦笑)。

−そのあとは。

原田 2010年6月にシアターΧ国際舞台芸術祭(IDTF)があって、チェーホフの「かもめ」を取り上げました。「かもめ」は長い芝居ですが、上演時間に制限があり、その対策として最後の章を軸に、20数分の作品に仕立て上げました。トレープレフとニーナだけが登場。ほかの人たちはコロス。ダンスの特化した芸術祭だったため、より身体の動きが重視し、全てダンスのような演技。演じながら舞う。舞いながら演じる。ぼくたちは演舞(ダンサブル・アクション)と呼んでいます。また、音楽に合わせてせりふも発します。ぼくたちはこれを音ハメと呼んでいます。ダンスなんかでよくあるんです。効果音や何かの音に動きをはめていく。それの言葉版ですね。全てタイミングが算出されているので、上演時間は絶対に狂いません。演者に必要なのは、圧倒的な集中力と精度、再現性、空間把握、といったところです。解釈や正当化などももちろん必要ですが。
ぼくらの扱う古典には特徴的な長ぜりふが多々ありますが、それを役者がどう紡ぐか、楽しみで仕方ありません。また、その紡ぎ出した節に、どういった衝動を結合させ、ダンス的動き(ムーブメント)にしていくか。そのようなことに興味があります。ストリートダンスの振り付けをしていたせいか、そのような動きを提案することもしばしばあります。ぼくらの舞台が、身体性の強い誇張した表現になったのはおそらくこういったことが原因でしょう。この芸術祭で審査員のかたに、唐さんの初期の舞台に雰囲気が似ていると言われて、喜んだ団員もいました(苦笑)。

−フェスティバルにはその後も参加していますね。確か利賀にも行ってますよね。

原田 演劇活動を趣味として終わらせたくなかった。ぼくらの集団の在り方は同好会とはやはり違うと思います。シアターΧのフェスティバルに参加した後、利賀演劇人コンクールにも参加することになりました。このとき課題戯曲の中から、チェーホフの「コーラスガール」を選びました。もともと小説だったもので、上演時間15分ぐらいの不条理めいた作品です。登場人物は3人なのですが、割り台詞、渡り台詞にして、時にコロスにしゃべらせました。視覚的なものを意識し、ダンスも取り入れ大暴れ。審査員の方々に残響空間における発話の問題であれこれ言われて気落ちし、その1週間後に渋谷で再演。ぼくらの作品は15分ほどなので、他団体の芝居の後に同時上演という形で発表することになっていたのです。当然気分は最悪です(笑)。しかし実際に上演すると、異常な盛り上がりを見せ、評判になりました。
この流れで何か出来ないかと考えて、「かもめ」と「コーラスガール」のチェーホフ2本立てで、JTAN(ジャパン・シアターアーツ・ネットワーク) フェスティバルでさらに再演しました。

−昨年も利賀に出ましたね。

原田 はい。8月に利賀へ。2回目です。テネシー・ウィリアムズの「バーサよりよろしく」を取り上げたのですが、台本をいじくり回してしまって、テキレジ段階から問題があったのかな。2種類の立場のコロスを作ってしまったのが問題になった。単純な話、混乱させてしまって随分怒られました(笑)。でも、審査員じゃなかったけど偶然居合わせた平田オリザさんに「おもしろかった。頑張ってね」と言われて、随分励みになりました。実際、観客席も沸いていたんですよ。ツイッターなんかでも、知らない人が「来年もやってほしい」って書くほどでした。

−タイニイアリスとの縁は。

原田 タイニイアリスのプロデューサー、西村博子さんとは学生時代、授業で出会っていたんです。西村さんが日大で教鞭を執られていたとき、ぼくは演劇学科ではなかったんですが、興味があったので演劇の授業に出ていました。西村さんの授業はおもしろかった。色々な映像を見せてくれたり、エピソードを話してくれたり。その後、劇団の第三回公演を見に来てくださって、「演劇科の卒業公演よりおもしろい」なんておっしゃっていただいて、お世辞でもとてもうれしかったのを覚えています。ちなみにこの頃は、野田さんや宮城さん、さらには舞踏界の伊藤キムさんにかぶれていた頃でした(笑)。

−昨年もタイニイアリスで公演しました。使い勝手はいかがですか。

原田 タイニイアリスは凄く好き。でも使い方は難しい。額縁のように舞台が突き出ているので、その前と奥で声の響きがまったく違う。でも客席設置など舞台空間の自由度があるので魅力的。客席で四方を囲んだ舞台やら、どこからでも出入りできるような舞台やら、いつか挑戦できたらいいなと思っています。そういうスタッフさんともいつかお近づきになりたいです(笑)。

−今度の作品は。

原田 今度の作品は、3.11にちょっと関係する。といっても震災について語っていたり、見せようとしているわけではありません。ストーリーは、蠅の音が突然、主人公に聞こえてくるところから始まります。その音、ほかの人には聞こえないんです。村人たちのほとんどは、激しい咳とダンスのような発作で倒れていく。生き残った数人のうち、主人公だけが、交流のないもう一つの村に旅立ちます。
蠅は、ぼくたちの身の回りにある得体の知れない不安、恐怖でしょうか。まさに放射能のようですね。実はこの蠅というのは、サルトルの「蠅」からインスピレーションをもらっています。でもその古典作品に出てくる蠅は、復讐の女神が具現したものなのでうまくいかない。そこで、主人公が蠅に追われて去っていくという大雑把な設定だけをいただこうと思った。蠅を得体の知れない不安に置き換えて。悲劇でもあり不条理でもある。とにかくぼくは、そういう作品に惹かれるんです。

−なるほど、楽しみですね。次は、劇場で会いましょう。

【公演情報】
劇団ING進行形「ロング・アゴー」(Alice Festival 2011)
作・演出・振付:ラディー(RADY KESHY)

☆出演:中山茉莉、鬼頭理沙、吉田朋玄、伊藤全記、近原正芳、遠藤貴博、山口真由(碗-one-)、年代果林(EgofiLter)、池上礼夏、三輪朋躍、峰松智弘(くるめるシアター)、みぎわ翔(REGiSTA PRODUCE)

☆スタッフ 舞台監督:長堀博士(楽園王) 音響:森内美帆 照明:N Works 衣裳:山田廉 宣伝美術:R Works 制作:原田武志 製作:劇団ING進行形

☆日程
4月6日(金)19時
4月7日(土)14時と19時
4月8日(日)10時と13時と18時
※受付・開場は開演の約30分前。

☆料金
前売・当日ともに2000円、学生:前売1500円/当日2000円、高校生以下:前売1000円/当日1500円
リピーター(二回目以降):1000円
☆問い合せ
пF070-5573-3197
email:rady_homepage@yahoo.co.jp

【ひとこと】
 思いがあふれて言葉になって湧き出る。次から次へとよどみなくイメージが紡がれる−。インタビューの1時間半はそんな感じで過ぎました。これまでの歩みをうかがいながら、新しい演劇の形式を手探りでつかもうという、前向きで挑戦し続ける姿勢が印象に残りました。新しい作品がどんな舞台になるか、期待しています。
(インタビュー・構成 北嶋孝@ワンダーランド)

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