山崎方代の短歌世界を舞台に 斎藤晴彦さんの置き土産
「山崎方代の歌物語」公演チラシ(表)
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短歌が入った音楽劇
-今回の公演は歌人の山崎方代を取り上げた「歌物語」となっています。音楽劇という理解でいいのでしょうか。
坂口 その通りです。もちろん山崎方代の短歌を歌ったり、彼に影響を与えたヴィヨンの詩や、方代について書かれた文献、エッセーを取り入れようと話し合っています。
-山崎方代は山梨県の農家に生まれ、貧しい生活を体験して歌の道に入ります。戦中は兵士として南方で負傷、片目を失明しました。戦後は各地を転々としながら身近な題材をやさしい言葉で短歌にして次第に名を上げていきます。そういう彼の生涯を舞台にするのですか。それとも場面を絞って描くのでしょうか。
坂口 評伝劇でもなくて、核になる時期や出来事を中心に描くつもりです。リアルの時間を追い掛けていくよりも、方代の心の中にあるもの、生まれてきたものを描きたいですね。そういう作り方です。
-方代は種田山頭火や尾崎放哉と比較されますね。放浪の歌人とか言って。どんな人物で、歌の特徴はどういうところにありますか。
内沢 方代は放浪の歌人を言われますけど、調べてみるとほかの歌人とはちょっと違います。彼は旅暮らしで生涯を送ったというわけではないようですね。世話を焼いてくれたお姉さんは戦中、生家のあった山梨の右左口村に疎開していたので、復員した方代は戦後しばらく、職業訓練所のような施設に寝泊まりしながら生活していたようです。お姉さんが横浜に戻ってからはそこに寄宿します。お姉さんが亡くなってからそこを出て、ある邸宅の管理人兼居候をしたり、知り合いの農家の納屋に住ませてもらったり。それが放浪と言えるかどうか…。生きることに積極的、肯定していると方代自身も書いています。師と仰いだ歌人の吉野秀雄の影響もあるかもしれませんね。
恋と経済の意外な実相
-方代は生涯独身です。色恋のエピソードもそれほど聞きませんけど、女性関係はどうだったんでしょう。それがあると物語は盛り上がるでしょうね (笑)。
坂口 そこまでドラマチックかどうかは分かりませんが(笑)、方代の周りには意外に女性が集まったようです。例えばお姉さんは方代の生活を随分支えていました。ほかに女性歌人がマネージャー的な仕事をしたり、目の見えない方代の身の回りの世話を焼いたり、女性たちが支えていた部分は大きかったと思います。
実際の恋愛は別にして、自分の失恋譚をよく語っています。雑誌に載った女性歌人の歌に感銘を受けて、会ったこともない作者に恋をする。自分の見合い写真を撮って、突然その人に会いに行く。初対面なのにいきなり押しかけて結婚を申し込む(笑)。もちろん断られますよね(笑)。そんな出来事を笑い話にして、後々いろんな人に語っているんです。話すたびにエピソードは微妙に変わったりしますが、思い焦がれた女性像をずっと持ち続けていたのではないでしょうか。そういう意味ではドラマを持っていた人だし、彼ならではの女性との付き合いというか色香というか、そういうものが彼の短歌の軸にあったと思います。
-配役をみると、登場人物は随分多いですね。
内沢 鶴岡八幡宮のまん前にあった、鎌倉飯店の主人根岸さんが鎌倉に家を新築したとき敷地内にプレハブ小屋を建て、そこに方代が住むようになった。その夫妻が登場しますね。そのほかいろいろ。あと方代は4人で演じます。
-そうですか。
内沢 戦争から帰ってきたころ、お姉さんの長男が復員して歯科医院の先生で、方代はそこで歯科技工の仕事をしていた。仕事としては、それが一番長続きしたんじゃないかな。40代、最初の歌集(『方代』)を出す頃ですね。プレハブに住むようになったのは50代後半、57歳か58歳頃かな。その頃からだんだん有名になります。晩年の方代はぼくが演じますが、その頃は戦傷者の年金も結構高額になっていて、それだけで十分生活できたはずです。月20万円か30万円ほどあったようです。
-彼の自伝的エッセー(『青じその花』)を読むと、仕事の記述がほとんど出てこない。どうやって生活費を得ていたのだろうと不思議に思っていました。そうか、年金があったんですね。
坂口 甥に仕送りしていたそうですよ。
内沢 亡くなったあとですが、残された通帳に貯金が600万円もあったそうです。
-エーッ、そうですか。
内沢 亡くなる前にある知人が預金通帳を渡されて、中身を見たその人はびっくりしたと話していました。
イメージを演じるのは役者と同じ
-『青じその花』には貯金のことには出てきません。お金持ちのイメージは湧きませんね。
坂口 ご本人もその辺りは気にしていて、歌のイメージ、自分のイメージを大事にしていたようです。自分が経済的に恵まれた生活を送っていると分かると、影響が出る、と。(経済的に貧しい)方代像は周りも作っていたし自分も作っていた。期待されていたイメージを損なわないようにしていたのかもしれません。そこがおもしろいと思います。
-大きな徳利をぶら下げた写真がありますね。
坂口 お酒も晩年は体調が悪くてあまり飲めなかったようですが、期待されているイメージを損なわないように、無理していたところもあったようです。
内沢 外見にもこだわりがあったようですよ。写真家の方が撮影に来るというと、めかし込む。するといつもの方代さんじゃないと言われて、撮ってもらえなかったり(笑)。無頼派のイメージを撮ってもらいたかったのかもしれません。
坂口 山崎方代というと、世捨て人のようなイメージがありますよね。それをぶちこわしたい。世をはかなんで孤独に過ごす人ではなくて、彼は人との関わりを持った人だし、おもしろい人間としても方代像を出していきたい。
内沢 芸術家や歌人のイメージを、自分で演じていたところのある方だと思いますね。そこはすごい。頭が下がります。
坂口 そこは、役者と一緒(笑)。ぼくは役者をしないけれど、いつも一緒でしょう。ホントによく似ていると思います。役者だって、放浪しているようなものでしょう。どこに住んでるか知らないし、何を食ってるかも分からない(笑)。
-公演チラシの裏に方代の言葉が引用されています。「俺は鍋で石ころを煮てるんだ。歌がまずけりゃ、誰も近寄ってこねえじゃん」。周りに期待されているイメージ、メディアが作ったイメージをとても意識していたし、よく知っていた言葉ですね。
坂口 しかもメディアが作ったイメージを、逆に利用して行く面もあったと思います。短歌は、関心を持つ人たちが読むのが普通でしたが、そういう短歌の世界の外にいる人たちが方代の短歌に興味を持った。普段短歌に接していない人たちが彼の歌を詠んだ、楽しんだのはすごいことだと思います。
「山崎方代の歌物語」公演チラシ 表(左) 裏(右)
-方代は歌壇の流れとはまったく別なんですか。描く世界は従来の短歌とどう違いますか。
坂口 方代が捉えた風景は、ぼくらが見ている風景とよく似ている。歌われたと言うより、しゃべっているような感じ…。
内沢 分かりやすかったと思いますよ。言葉も日常に使っているものだし、特別難しい表現にしたわけでもない。彼がよく読んでいたのはフランソワ・ヴィヨンや高橋新吉の詩ですが、例えば高橋新吉の詩はとてもシュールです。しかし方代の身体を通すと、「茶碗の底に梅干しの種二つ並びおる ああこれが愛と云うものだ」と変わる。
坂口 その歌に、山崎方代という人間がいるという感じがします。場面があって、そこに人がいる。それがすごく演劇的です。
-そうですね。方代の短歌を読むと、方代自身の顔や生活が張り付いているイメージを感じます。レコードと短歌は違いますが、ボーカル系の輸入盤は必ずと言っていいほど、ジャケットに歌手のポートレート写真が大きく載っています。それと似ているかもしれませんね。
短歌を舞台に
ーこれは音楽劇だとおっしゃっていました。担当されている古賀義弥さんはどんな方でしょうか。
坂口 若いころはグループサウンズでボーカルやギターを担当していたと聞きました。現在は作・編曲、ボイストレーナーとして映画やテレビで活躍しています。今年6月末に亡くなった斎藤晴彦演出の「歌うワーニャおじさん」(黒テント第70回公演 ミュージカル・チェーホフ)で音楽を担当しました。斎藤がテレビ出演したときに知り合ったようです。
内沢 もう何度か稽古においでになってます。
-何曲ぐらい出てきますか。
坂口 全部で7,8曲かな。それプラス短歌を歌ったりするのでかなりの数になりますね。
内沢 方代ファンには怒られるかもしれませんが、彼の短歌を歌います。
坂口 短歌の表現はいろいろあるので、役者が声に出すとまた違った表現になります。稽古でそう感じました。
【写真は、左から内沢雅彦さん、滝本直子さん、坂口瑞穂。禁無断転載】
-方代を舞台化しようということになったのは…。
坂口 内沢の提案です。
内沢 10年ほど前に田澤拓也さんのノンフィクション作品『無用の達人 山崎方代』を読んで、舞台になるかもしれないと思ったのがきっかけです。昨年、神楽坂の喫茶店で、斎藤ら5人が出演する舞台を作りました。そのあと今年の劇団のレパートリーを考えているうちに、みんなでやろうということになったんです。
斎藤はこの6月に亡くなりました。公演のための3日間のプレ稽古が終わった翌日のことでした。今回の公演はもともと、斎藤が演出するはずだったんです。みなで話し合って、本公演をちゃんとやろうと決めました。
-アリスフェスティバルに参加するのは初めてですね。
内沢 今年2月の総会で本公演をしようと決まってから場所を探し始めました。タイニイアリスは新宿なので場所もいいし、幸い空いていたし。客席は100ぐらいなのでイワト劇場とほぼ同じです。スタッフの方もすごく協力的だったし、幸いでした。
-おもしろい舞台になりそうですね。ありがとうございました。
(2014年9月17日、東京・江戸川橋の喫茶店。聞き手・構成 北嶋孝)
【略歴】
坂口瑞穂(さかぐち・みずほ)
1973年熊本県生まれ。1998年黒テント入団。2008年4月より芸術監督就任。黒テント・アクターズ・ワークショップ講師。今公演の演出・台本担当。
内沢雅彦(うちざわ・まさひこ)
岩手県生まれ。1984年の『ヴォイツェック』から参加。今公演では晩年の山崎方代を演じる。
滝本直子(たきもと・なおこ)
福岡県生まれ。自由の森学園高等学校卒業後、渡英。2007年『上海ブギウギ1945』から参加。2008年入団。今公演は、山崎方代の甥の妻(関由衣)役。
◆公演概要
劇団黒テント 第74回公演「山崎方代の歌物語」
タイニイアリス(2014年10月18日-26日)
演出・台本:坂口瑞穂
台本協力:内沢雅彦
出演:桐谷夏子 服部吉次 内沢雅彦 木野本啓 愛川敏幸 宮崎恵治 山下順子 平田三奈子 片岡哲也 畑山佳美 本木幸世 山本健治 植田愛子 滝本直子 冨田訓広 中島亜子 宮小町 高橋佑介 芹澤悠 山形雅子
音楽:古賀義弥
美術:平岡伸三
舞台監督:森下紀彦
照明:齋藤茂男
音響:島猛
制作:宮崎恵治
宮地成子
票券:植田愛子
参考資料:
田澤拓也著「無用の達人 山崎方代」(角川ソフィア文庫)
吉野秀雄著「やわらかな心」(講談社)
山崎方代著「青じその花」(かまくら春秋)
大下一真著「山崎方代のうた」(短歌新聞社)
阿木津英著「方代を読む」(現代短歌社)
「山崎方代全歌集」(不識書院)
前売一般4,000円 当日一般4,500円
学生前売3,000円 当日学生3,500円
全席自由席(入場整理番号付き)
予約はCo-Rich舞台芸術から >>