<アンドリュー 若月・ロビンソンさん>  Doubtful Sound「山」―庄内の民話―(2014年10月8日-12日)
 日本語字幕つき英語劇―-到達するのは難しいからこそ美しいDoubtful Soundを目指す
Dr.エクアドルさん

アンドリュー 若月-ロビンソン(Andrew Wakatsuki-Robinson)
ニュージーランド出身。大学で演出と和太鼓、琴を含む音楽を学ぶ。ニュージーランドとスコットランドでの演出・音楽活動の後、2011年に日本でも活動をスタート。サラ・ケイン、キャリル・チャーチル、イオネスコの作品のほかに、静岡県伊東市の祐親まつりで「曽我物語」に着想を得た「八幡と大見」を水上能舞台で公演(2014. 5)。山形・庄内地方の民話をもとにした今回の「山」は、同地方のお寺と美術館の庭園で初演(2014.7)。Alice Festivalを経て、2015年にロンドンで公演する。
webサイト:http://doubtfulsound.asia/

―在日韓国、在日朝鮮の人たちはもう四半世紀以上前から劇団活動なさってますのでちょっと別にしてですが、その他に、日本で日本人じゃない人が(笑)劇団立ち上げて公演活動するなんて、とっても珍しいですね。ある国の人が他の国にただ公演しに行くだけでなく、そこで劇団つくって、つまりそこに根づいて、演劇を続けていくなんて、ほとんどないと言っていいのじゃないでしょうか。
アンドリューさんのDoubtful Soundも、珍しい(笑)ですよね。どうして日本でというか東京でというか、出身地でないところで劇団を立ち上げられたのですか?

アンドリュー なぜ東京で、というのは単純に東京に住んでいるからです。それに、何かをするために場所を選ぶ、というよりは、今いる場所や環境を使ってその状況ならではのものを作る、というのが自分のスタイルです。それは演出法にも言えることで、確固たるビジョンを最初から決めているわけではありません。

―なるほど。今、ここに居る自分を表現の土台にするってわけですね。 東京のalternative(オルタナティブ)演劇関係で、出身地でないところで演劇創るって言うと、去年、釜山(Pusan)出身の金世一さんが創った世amI。そのちょっと前に仁川(Inchon)の李哉尚さん(劇団MIRレパートリー主宰)が芸術監督として作・演出されるようになったATMANぐらい、ですよね。それと、アメリカMontana州の大学で教えながら、台北(Taipei)に創ったRiverbed Theatreで公演されてるCraig Quinteroさん。以前San FranciscoでTheater of Yugenなさってた土居由理子さん、ぐらいかなあ。
 いま挙げたのは全部、その劇団つくった国の言葉で芝居を上演している、あるいは上演していたのですが、アンドリューさんの場合は東京で英語ですよね。字幕つきで上演なさる、のがとくに珍しい。どうして日本語でなく英語で上演なさるのですか。

アンドリュー 使用言語について、今回の「山」公演に関しては英語と日本語両方で上演します。そしてそれぞれに字幕を付けます。
もともと、最初から日本語で、とか英語で、とか決めて始めたわけではなくて、できる形で芝居を作っていこうと思って今の形になった、と思っています。前作「フェードラズ・ラブ」は戯曲が英語で書かれており、英語でやるのがふさわしいと思ったので英語上演日本語字幕というかたちでやりました。
今回の「山」は日本語で語られた民話をもとにしていますが、英語に訳すという過程を経ることによってより内容への理解が深められた面があります。適切な訳語一つをあてるにも、メンバーの1人が歴史や風俗から時代背景を補足説明してくれたのをもとに皆であれでもないこれでもない、と頭を悩ませましたから。

―なるほど。英訳するにも、私たちがただ読んで物語を知るというのとは違う、それ以上の深い読み取りをなさったんですね。劇団名のDoubtful Sound。私、初めてこの名前聞いたとき、とても素敵だと思いました。私流に訳すと、エエ、これ音楽?といったような意味で、きっと、いま演劇と思われている常識を疑おうとする姿勢が示されてるのだなと感じたからです。でも、ニュージーランドの有名な観光地と同じ名前ですよね。アンドリューさんのご出身地を考えると、アンドリューさんの故郷への想いからのネーミング、ですか?

アンドリュー 故郷への想い、というのは実は全くありません。むしろ西村さんが最初におっしゃった、聞こえたものを本当か疑う、自分の感覚を信じる、というようなイメージが好きということがひとつあります。また、ダウトフルサウンドというのは場所としては本当に美しい所ですが、実際に到達するのは難しい、そんなイメージも好きです。

―わあ。素敵素敵。到達することが難しいからこそ、挑戦なさるのですね。さっき挙げたRiverbed Theatreのクレイグさんにも2度、Alice Festivalに来てもらいましたが、アンドリューさんのDoubtful Soundも確か、去年に続いて今年、2度目ですよね。スペース小さくて大変じゃないですか。

アンドリュー いいえ、全然。どんな空間にも必ず制約はあります。制約がある中で舞台を作るというのは面白い舞台を作る上で大切な要素の一つだと思っています。

―制約を逆に魅力にひっくり返そうってのも、素敵ですね。去年のアンドリューさん演出の「Phaedra's Love」。サラ・ケインのこと私、よく知らないんですけど、皇太子の役をメタボ??(笑)の女性―-とってもしっかり演じてらして、英語のせりふ判らなくても何にも説明なくても演出の、皇族というか偉い人に対する視線が伝わってきて大変面白かったです。客入れのあいだ、ビールだったかな、飲みもの売ってられたのや、客席で芝居したりなどもいろいろ自由になさってて、見るほうも常識から解放されて良かったです。
 でも今度は日本の、山形・庄内地方に伝わる民話―-ですよね。英語の作品を新しい演出で舞台化する劇団だとばかり思っていましたので、びっくりしました。なぜ今度は日本の、それも民話を?

アンドリュー まず第一に、一つのプロジェクトは他のプロジェクトとは全く別物です。この劇団はこういう作品/ジャンルをやる、と決められてしまうのは抵抗があります。
 例えば「フェードラズ・ラブ」をやろうと思ったのは、あの作品が描いている、一般にタブーとされる問題を扱うことで皆さんと考える機会を持ちたい、また観客一人一人がそれらの問題について考える、といったことをしてもらいたいと思ったからです。そして今回の「山」は全く違う作品です。一つは、私達自身も含めた、ここに住んでいる人達にとって身近なこの国の話をやりたいという事がありました。日本の歴史や文化、風俗について調べ、読み込んだ民話を私達なりに具現化したものの今現在の形がこの作品であると考えています。

―元の畠山弘氏の民話を誰が読んで、面白いと? だれが、演劇の形に?

アンドリュー たまたま、紫那子が昔「フェードラズ・ラブ」の日本語版を作った時の友人で山形に住んでいる人がいて、彼女―-名前は正國未帆さんというんですが―-に原作本を借りました。最初からこれにしよう、とか、山形の民話で、とか決めていたわけではなかったのですが、この本を読んでみてそれぞれの話の持つ深みや普遍性に惹かれました。
まず紫那子が原作を読み、英語と日本語で物語を説明し、ジェフ(Jeff Gedert)がそれをベースとなる英語に訳し、その後3人で英語版の物語を作りました。それを元に私が英語版脚本に書き起こし、ダウトフルサウンドとしてワークショップを重ね、紫那子と真紀子はアンドリュー版英語脚本と日本語の原作から、日本語のシーンを創りました。

―ワークショップを重ねた、とおっしゃったので、ただせりふで筋を伝えるのじゃなく、体表現いっぱいの楽しい舞台になりそう。ご専攻の音楽も入るでしょうし、ワクワクしますね。読んだ民話を活字で伝えるのでなく、舞台に立体化したいと思われたのはなぜですか?

アンドリュー 面白い質問ですね。舞台化したいと思ったのは、しなければこれらの民話が人目に触れる機会が無いと思ったからです。例えば劇中で歌っている昔の仕事唄もそうです。今回探し出して使わなかったら忘れ去られてしまいます。

―ウーン。私たち日本人は忘れっぽいですからね、歴史も文化も。自然はいま怒ってると私、思ってるんですヨ。
 話は飛ぶようですが、去年の「Phaedra's Love」は東京、タイニイアリスで10月に公演なさったあと、すぐ翌月大阪へ公演しに行かれましたよね。それからたしかギリシャの円形劇場へも。そして今度の「山」はすでに山形のお寺と美術館で公演なさってきた。とくに後者の本間美術館では、舞台ではなくその庭園で公演なさったのだとか。どうしてこんなにあちこちで? 経済的にも大変じゃないですか?

アンドリュー 実は「フェードラズ・ラブ」ギリシャ公演は、来年からロンドンへ拠点を移すのに合わせて延期しました。なので今回の「山」共々、来年以降ヨーロッパで公演することになります。

―ええっ。ロンドンへ行ってしまわれるんですか? ちょっとDoubtful SoundのHP覗いてみたら今回の「山」もロンドン公演なさるとあったので、凄いなとは思っていたのですが……。またまた吃驚ですね。

アンドリュー もともと「劇場」という箱の中ではない所で演劇をする方が好きです。庭園での上演は本当に素晴らしい経験でした。演目の一つはもともとそのお寺が舞台だったりもしたんですよ。ちなみに「山」山形公演では、赤字は免れました(笑)。

―「Phaedra's Love」のとき、出演なさる方たちの国籍が8つだっけ。あまりの多さに驚きました。Alice Fes.の毎年のチラシ、劇団名のうしろに必ず劇団がどこから来てくれたか都市名を入れることにしていて、私どうしようかなあと。考えて結局、English Speakersと入れてみました。今度も同じようにしたのですが……。
今度の東京公演の「山」はバイリンガル演劇と言ってられますね。

アンドリュー 面白い事に(?)、今回のメンバーで私が1番日本語を話しませんが、舞台作りのプロセスでは皆、英語と日本語両方で話し合いを重ねます。お客さんにバイリンガルである事を求めているわけでは決してありません! ただシンプルに、日本語、または英語が分かりさえすれば見に来て欲しい、と思っています。
「フェードラズ・ラブ」は英語上演・日本語字幕。「山」山形公演は日本語上演。今回の「山」は日本語・英語上演、英語・日本語字幕付きです。

―舞台に出られる人はどんな方たちですか。アンドリューさん、俳優としてもでられる、のですよね?

アンドリュー 私は演じませんが、琴と太鼓を演奏します。今回の出演者は皆、過去に共演歴のあるメンバーです。適役を選ぶのももちろんですが、役者自身がこの作品/役をやりたいと思うかどうかが決め手です。

―いいですねえ。英語を話す人たちが英語で上演する、こんな珍しい劇団があるんだということを私が知ったのは、2012年だったかな、Black Stripeさんがタイニイアリスで公演して下さったときでした。アンドリューさんもそのメンバーだったと思う、んですが?

アンドリュー はい、B.S.はダウトフルサウンドより前、2007年から活動しています。3人の創設者によって作られ、演出家はその都度内外から募ります。BSは、英語を話す観客(ネイティヴに限らず)に向けて先鋭的な作品を上演しています。演出希望者は上演希望演目をBS幹部に提出し、許可されれば上演される仕組みです。
 BSは年に1〜3作品を上演します。直近ではハロルド・ピンター作「One for the Road」と「Ashes to Ashes」、来年1月上演予定の次回作はヤズミナ・レザ(Yasmina Reza)作「God of Carnage」です。
 ダウトフルサウンドのメンバーは今でもBSと強いつながりを持っていますが、違いとして言えるのは、ダウトフルサウンドは1人の演出家によって芝居という枠にとらわれない様々な形、例えばダンス・音楽・デザイン等を含めた、従来の「演劇」の概念を取り払った舞台作りを目指しているところです。

―やっぱり私の想像したとおり、エッ!これ演劇?のDoubtful Soundですね。
イギリスやフランスの"先鋭的な作品"を本場の人たちが紹介上演なさるのももちろん有意義なお仕事ですが、演劇のConventionを疑いつつ、今ここに居る自分、社会ならでは、を表現しようとするのはもっと大変、もっと大切な仕事と思います。ロンドンに行ったきりでなくいつか、"ロンドンに居る"アンドリューさんを携(たずさ)えて、東京にも帰って来て下さいね。


公演概要

Doubtful Sound第3回公演「山」-アリスフェスティバル2014参加作品

「山」公演チラシ
  Doubtful Sound「山」公演チラシ
会場:タイニイアリス
日程:2014 年10月8日(水)~12日(日)

【出演】
三上万紀子
若月・ロビンソン 紫那子
片桐真理
デービッド・マシコ
ティム・ハリス
アダム・シャー

【スタッフ】
脚本・演出・演奏:アンドリュー 若月・ロビンソン
翻訳:ジェフ・ゲダート、若月・ロビンソン 紫那子
照明:ジェレミー・プラント
制作:若月・ロビンソン 紫那子

☆Doubtful Sound第3回公演「山」予約ページ>>


【ひとこと】
 アンドリューさんの、自分の芝居を創ろうとする姿勢は、日本のかつてのアングラ、今言うオルタナティブ演劇を志す人々と共通しますが、遥かに意識的、論理的でした。ニュージーランドは行って牧場で馬に乗り損ねたぐらいで芝居を見て来なかった私は、ニュージーランドの演劇の歴史なども聞きたかったのですが、紙数もあり見送りました。
アンドリューさんとのやりとりを通訳して下さったのは若月・ロビンソン 紫那子さん。今回の6話からなる「山」では、三上万紀子さんと猫又、魚の化身や鳥になってしまう少年などを演じられます。なお、三上万紀子さんもロンドンで劇団Wide Eyed Theatre Companyを設立、帰国後カフェやアートギャラリーなどでバイリンガル演劇を公演されているということを今度知りました。
(インタビュー・構成 西村博子)

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