<上野憲明さん+Mr.Z> 劇団神馬(「ソウシン」8月27日-30日)
「追いつめられて生み出す笑いと感動 シチュエーション・コメディーの10年余」

柴崎ひとみ、中島瑞季さん
上野さんは1973年7月、東京都大田区生まれ。Mr.Zも同年10月、東京都生まれ。仕事先の関係もあって匿名。写真には頭髪と左肩(!)だけ登場。ともに都立立川高校出身。劇団は93年結成。翌94年に初公演。2−3回の年もあり、今回は第18回公演。立川市を拠点に活動。
・Webサイト http://www.asutoeito.co.jp/shimba/

−公演タイトルが決まったと劇団のWebサイトに出てましたね。
上野 ええ、カタカナで「ソウシン」です。「痩身」と「喪心」の2つをかけてます。じつは30歳になってたばこを止めました。ところが途端に太りました(笑い)。いまは当時から15キロ増になって、痩せないんですよね、これが(笑い)。どうにかしなくちゃと思って探してみたら、断食体験というセミナーがありました。生き物は、生きるために食べ物を食べるのに、人間だけはあえて食べ物を摂らない。不思議だなあと思って断食にはまっていった。動物だと満腹になれば食べないのに、逆に人間はお腹がいっぱいでも「別腹」とか言って食べちゃう。欲が深いんでしょうかね。満腹でも食べてる。お腹が空いていても食べない。食べたいけど、痩せたい。今回は、そういう人間の欲望のあり方、業のようなものについて考えてみたいと思いました。

−実際に断食したんですか。
上野 断食セミナーは高いんですよ。7泊8日で12万円とか3泊4日で6万円とか。ふつうの旅館なら朝夕食が付くのに、この手のセミナーや合宿は、ちょっとした飲み物など補食しか出ないのにこの値段。手が出ませんでした。と思ったとき、これを商売にした主人公の芝居ができないかと考えが浮かびました。来週劇団で合宿しますが、そこでは食べません。断食です(笑い)。最初はほんの冗談のつもりだったのに、役者がその気になって(笑い)もう覆らないですね。
Mr.Z 稽古じゃなくて、みんなでじーっとしているような感じになるのかなあ(笑い)。断食を始める前と後と、みんなの姿をビデオに収めて、ご飯を食べないとこうなるよと見せたいですね(笑い)。身体的にも精神的にも、いろんな現象が出てくるようですから。

−断食道場が文字通り舞台になるんですね。
上野 断食セミナーを騙った素人のニセ企画です。主人公の山田という男が、元手の要らない断食道場を始めようと、インターネット上のいろんな掲示板に参加者募集の書き込みをする。ところがたまたま自殺願望者が集まる掲示板にも書き込んだたため、そこから参加者が来てしまう。死にたいと思っている人たちが断食セミナーに集まったらどうなるか。そういうお話です。

−劇団のHPで、自分たちの舞台はシチュエーション・コメディーだと書いていますが、今回もその具体的な展開なんですか。
上野 シチュエーション・コメディーでは、こういうことになったらおもしろいな、という状況設定を考えます。第8回公演「夏でメロス」(第16回再演)の例でいうと、太宰治の「走れメロス」は、待たせるメロスだけが登場するお話ですが、これを待たされているセリヌンティウスと王様のやりとりで描いたらどうなるか、そう考えて物語を展開しました。簡単に言うと、困っている人が好きなんです(笑い)。今回は断食セミナーを主催した山田を困らせたらおもしろいのではないか、といろんな仕掛けを考えています。
Mr.Z 「夏でメロス」も、たんに「走れメロス」をなぞるだけではなくて、「走れメロス」を上演しようとする劇団の話がかぶさってきます。作家が期限まで脚本を仕上げない。そこで「走れメロス」のシチュエーションと劇団のシチュエーションがダブり、シンクロする設定です。困って追いつめられた登場人物が繰り出す表情やせりふ、そこをなんとか無理矢理まとめようとする力が、笑いを生んだり感動を呼んだりする。上野君の作品からはそういうことを感じています。それが劇団の色であり特徴だと思います。そうだよな。
上野 うんうん。

−役者の皆さんの力量が着いてきたというか、上野さんの注文に応えられるような状況や空間が整ってきたということなんでしょうか。
Mr.Z 作家上野と演じる役者たちは、付き合いが長くなると良くも悪くも思考が似てくる面があって、彼の作品をただ激しく盛り上げるだけではなくて、人と人とのコミュニケーションや距離感で笑いや感情、背景などを醸し出せるような芝居にしたくなってきた。月並みな表現で言うと、もっとリアルな芝居をしたくなってきたのは確かですね。それが結果的に、イベントのようにもめたりして笑いをとる場面が少なくなってきたことにつながっているかもしれません。日常生活の中では、いつももめているわけではなくて、どういうようにせめぎ合っているんだろうということをエチュードなどを通じて表現している。そういう雰囲気が楽しくなってきたから台本にも反映されるし、役者の演技にもにじみ出てきたのではないかと最近は思います。
上野 それで役者は結構、苦笑いがうまくなったりして(笑い)。

−エチュードはよくやりますか。
上野 ええ。みんなのエチュードもせりふに還元できるようになってきました。おもしろいですね。
Mr.Z (台本を書くのが)すごく遅いんですよ(笑い)。いつも追いつめているんですけど。考え抜いて遅くなったと言ってますが、ホントかなあ(笑い)。台本執筆中の上野のパソコンにカメラを付けて、ライブ映像を役者たちに流したことがありましたね。肝心のときにデスクの前から姿を消したりしたけど(笑い)。
上野 夜中に電話がかけてくるんだから(笑い)。ほら、追い込まれた人って力を発揮するじゃないですか。台本をぎりぎり渡すと、役者が力を出したりするしね。エチュードの部分は、まだできていない個所に反映させたりして、前から考えていたようなふりをしながら、密かにやっています(笑い)。

−台本でそんなに苦労しながら、結局10年以上も続けていますよね。なにが原動力になっているのでしょうか。
上野 お客さんのせいなんですね。アンケートに「次も期待してます」「おもしろかった」なんて書かれると、鵜呑みにしちゃうんです。生きる糧ですかね(笑い)。

−かわいいですね(笑い)
上野 きついなあ(笑い)。忙しい中、大事な時間を使って見に来てくれた人が、笑うだけでなく、どこかに共感してもらえる部分があればなと思ってます。昔はなんで分かってもらえないんだろう、分かってもらいたいと思っていましたが、活動し続けて「ああ、これはいいなあ」と気付いてくれる、目にとめてくれる人がいれば十分。それで10年が過ぎましたね。ふと目にとめるって、縁じゃないですか。そんな人たちが「おもしろかった」と言ってくれたら、それは次もやらなくちゃという気持ちになりますね。

−影響受けた劇団や作家は?
上野 三谷幸喜さんや東京壱組の原田宗典さんです。
Mr.Z 特に東京壱組は好きでしたね。原田(作)大谷(演出)コンビの舞台がいい。業の深さ、人間関係のもつれなど、やさしいけどちょっとお馬鹿さんというおじさんを描かせたらもう最高です。
(2004年6月29日 東京・新宿のタイニイアリス楽屋)

<ひとこと>  作・演出・俳優の3役を兼ねる上野さん。舞台に立つほか、企画書作りや渉外など実務面を受け持つMr.Z。十年余り活動をともにしてきただけあって、劇団や作品の説明、補足、分析など2人の息はぴったり合っていました。
(インタビュー・構成 北嶋孝@ノースアイランド舎)

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