<細川貴史さん、大嶋清一郎さん、森川絵利さん> 
プリンアラモード鯖 第4回公演「一族のバラード」 (2007年7月5日-8日)
「暗くてポップでおもしろしい うごめくエネルギーを凹凸のある物語に」

谷口有さんとあおきけいこさん

細川貴史(ほそかわ・たかし)写真(中)
1977年香川県生まれ。関西学院大文学部卒。劇団扉座研究所を経て2003年演劇ユニット「プリンアラモード鯖」を結成。主宰。全公演の作・演出。
大嶋清一郎(おおしま・せいいちろう)写真(右)
1980年秋田県生まれ。劇団扉座研究所を経て演劇ユニット「プリンアラモード鯖」結成に参加。全公演に出演。Human b.「シンクロニシティ 千年の龍が刻む足跡」などに客演。
森川絵利(もりかわ・えり)写真(左)
1981年東京都生まれ。劇団扉座研究所を経て演劇ユニット「プリンアラモード鯖」結成に参加。全公演に出演。そのほか他劇団への客演も多い。
webサイト:http://www.geocities.jp/puri_saba/
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−最近はプロデュース公演が多い中で、劇団の形を取って活動しているのでしょうか。
細川 とりあえず劇団の形を取っていますが、メンバーはこの3人です。公演ごとに客演が入って来るので、実質上はプロデュース公演のようになっていますね。

−結成からこれまでの活動を紹介してもらえませんか。
細川 もともとこの3人は、扉座の研究所出身者です。卒業公演は自分たちで台本を書いて自分たちで演出、出演するのですが、そのとき、ずっと俳優だったぼくが初めて台本を書きました。10分程度の短いオムニバス形式の作品の一つを書いたのですが、卒業したあと書き続けていたのもが作品として成立しそうだと思ったので、研究所仲間の2人に声を掛けて2003年に第1回公演「赤い糸物語」を上演しました。

−大学の演劇クラブで活動したんですか。
細川 関西学院大学の演劇研究会(劇研)で活動していました。もっぱら俳優で、演出は1度経験していますが、評判悪かったなあ(笑)。劇研の上演台本で南河内万歳一座の舞台写真を見て、モノクロ写真でしたが、猥雑でエネルギッシュな感じがよく出ていました。その写真の舞台が、新宿のタイニイアリスでした。タイニイアリスという劇場はそのとき初めて知りました。

−それはおそらく、新宿3丁目時代のタイニイアリスでしょうね。劇場はいまより小ぶりだったと思いますが、熱気がありました。当時は南河内万歳一座の東京公演は超満員。人気劇団でしたね。
細川 東京で芝居をやるんだったら、タイニイアリスの舞台を踏んでみたいと思いましたけど、現実に舞台に立てるとは当時、思ってもみませんでした。旗揚げは別の場所でしたが、第2回公演は念願のタイニイアリスにしました。今度の公演で2回目になります。

−扉座の研修所を選んだのは…。
細川 劇研時代にどんな作品を取り上げるか、好きな作品を部員が持ち寄って決めていました。そのときある人が薦めたのが横内謙介さんの「ジプシー」でした。結局上演しなかったのですが、そのとき横内さんの作品が印象に残っていました。上京してどこで修行していいか分からなかったんですが、たまたま扉座で研究生を募集していると知って、それじゃあと受けました。

−森川さんはどうして扉座の研究生になったんですか。
森川 専門学校の課題で扉座の「いとしの儚」という舞台を見て、すごく感動して入りたいと思ったんです。それまではキャラメルボックスが好きでしたが、扉座の舞台を見て考えが変わりました。

−研究所で期待したことが得られましたか。
森川 研究所時代は期待というより、ともかく1年間、がむしゃらに活動しました。

−大嶋さんは…。
大嶋 どうして入所したのでしょうね。当時劇団を探していて、「デビュー」という雑誌で研究生の募集を知りました。ほかにたくさん募集告知があったのに、なぜ扉座を選んだのか。当時もいまもよく分からないんです。ともかくいっぺん受けてみようという軽い気持ちだったと思います。舞台を見て感銘を受けて、という形ではなくて、ふらっと受けたら入ってしまったということですね。

−研究所に入る前に演劇活動をしていたんですか。
大嶋 趣味程度にやっていて、もっと演劇活動をしたいと思っていたんです。確かに研究所ではレッスンもきちんとできるとは思いましたが、そんなに突き詰めた考えで決断したわけではなくて、やってみようかなぐらいの軽い気持ちでした。入ってみたら、ぼくにとっては芝居に慣れる期間という意味合いが強かった。

−細川さんは研究所でどんなことを得たと思いますか。
細川 学生時代、劇研のアトリエで上演していたのは別役実、竹内銃一郎、清水邦夫さんらの、一昔前の黒々とした芝居でした。それがとても好きで、いまも影響を受けていると思いいていますが、上京して話題になっている芝居を見ると、薄暗い離れのアトリエ空間で上演するような芝居ではない(笑)。間口の広い、エンターテインメント性の強い舞台が多かった。楽しくて、おもしろくて、歌やダンスが入った、ショウのような芝居でした。どちらがいいかということではなくて、東京でそういう舞台があるということは、ぼくにとって一つの発見でした。高校時代から楽しいクラブ活動を送った経験がなかったので、劇研時代もそうでしたが、研究所時代は遅れてきた青春を楽しんだような印象ですね。

−同期生は何人ぐらいいましたか。
大嶋 30人近くいたんじゃないかな。
細川 オムニバス作品を上演したことでも分からなるように、みんな力を合わせてやるという団結力はすごかったですね。大学の劇研時代は台本を読んで議論したり暗いところで瞑想したりしてきたので、明るい場所で身体を動かして、みんなでものを作るという体験はとても楽しかったです。

−今度が第4回公演になりますが、これまでの3回は、共通した主題や雰囲気を意識して作ってきたのでしょうか。
細川 あまり意識してないですけど…。
大嶋 ぼくはこれまでの芝居に共通点があると思います。言いたいことはつながっていると思う。

−どんな特徴ですか。
大嶋 うーん。まず、暗い(笑)。これはまず押さえなきゃいけないでしょう(笑)。本人はポップな性格ですけど、芝居は「暗いポップ」というかな。しかもおもしろい。
細川 暗いとかポップとか、自分では意識しているわけではないんですが、最近ホームページを立ち上げて自分でブログを始めて見ると、これまで考えていたことがすごく整理されることが分かった。ぼくは自分とかけ離れたショウのような作品は書けなくて、日々思うことや、主張とか思想とかそんな大げさなことではないんですが、どこかしら自分の血を注ぎ込む作り方をしているので、日常で楽しいときはあるけれども、作品を作るのはつらいときや苦しいときが割に多い。つらかったり苦しかったりするときに言いたい、語りたいと思う方なんですね。

−ハッピーなときは、表現の内圧が高まりませんからね。
細川 ハッピーなときに書ける人ももちろんいるでしょうが、ぼくは負の感情からパワーを与えられるような気がします。

−芝居は物語をきっちり作り込むのでしょうか。それともエチュードを積み重ねたコラージュ的な手法をとるのでしょうか。
細川 物語を作りますが、どこか凸凹があったり歪んでいたり、それが芝居のおもしろさにつながると思っているところはありますね。構成をきちんとして分かりやすく、という面は扉座時代に学びましましたし、それは生かしたいと思っています。
あと楽しくておもしろい芝居や、静かな現代口語演劇も好きですが、ぼくはつかこうへいに惹かれるんです。なんかこう、作家の情念めいた言葉や感情が作品からはみ出ている。そういう作品が好きで、血が流れたり…。

−毎回舞台で血が流れたり…。
細川 ええ、血糊はよく使いますね(笑)。
大嶋 彼の舞台は、登場人物はみな純粋な人ですが、それを崩して見せている。血にこだわりがあると感じますね。
細川 ふだんはみな人間じゃないですか。でも指先を怪我すると、傷口の中には肉があるし血が流れているとすごく感じる。そういうとき生っぽいというか、動物だというか、皮の内側の血と肉を感じるわけです。まだまだ甘いし、できてないと思いますが、上っ面じゃない、そういう奥の部分を見せたい、えぐり出したいと毎回思ってます。

−森川さんはもしかしたら…。
森川 はい、私はたいてい舞台で血糊を出させられる役ですね(笑)。第1回公演「赤い糸物語」でやったのはリストカットする少女の役で、手首が血まみれ(笑)。第2回公演「DOCK'N DOCK'N」では殺される役でした(笑)。
大嶋 「DOCK'N DOCK'N」では大勢死にましたから、血糊は大量に流れました。でもエログロが趣味というのではなくて、彼のテーマを突き詰めた先に流血の事態が起きたりするということではないでしょうか。

−今度の公演「一族のバラード」はどんなお話なんでしょうか。
細川 物語が複雑で、台本もじつはまだ完成していない(笑)。
森川 そうなんですよ(笑)。
大嶋 それは言わない方がいいじゃないの(笑)。
細川 いじめの連鎖がモチーフの一つになっていて、16年前のある一夜、少年がいじめグループに呼び出される。その姉が代わりに出て行って、顔に大きな傷を負ってしまうというのが最初の設定です。いじめグループのリーダーはその後、暴力至上主義的なショウを組織する会社の社長に納まっている。そこに黒いベールの女が現れ、過去の贖罪と清算が始まるというお話です。

−台本はいつもどれぐらい前に完成するんですか。
大嶋 第1回のときは稽古にはいるときはできてました。第2回からはそうはいきませんでしたね(笑)。
森川 でもいままでは(アイデアが)出てこないと苦しんでいたみたいですが、最近は書くのが楽しいって言ってますよ。
細川 そうは言ってもなかなか(笑)。年間1本ペースですけど、2本目を書くのに2年かかりましたから(笑)。

−今回登場する役者さんは何人ぐらいでしょう。
細川 10人ちょっと。台本がまだできてないので、最初に芝居のイメージを伝えて、お願いしました。

−作・演出を兼ねていますが、演技に関して俳優によく言ってることってありますか。
細川 肝心の場面で、ホントに登場人物の気持ちが分からないと、こちらが意図するイメージになりません。日常はそこまでしないという感情が高ぶったシーンでは、必要なら感情を爆発させてほしい。そう要求したいと思っています。

−これからどんな方向に進みたいと思いますか。
大嶋 ぼくはともかく、納得できる舞台を作りたい。公演が終わった後に、おいしいお酒を飲みたいですね。そこに行くまでが毎回大変なので、先のことを考えるより、ともかくいま抱えていることに取り組んで行かなきゃいけないと思います。そのとき取り組んでいる公演をともかくいいものにする、充実した舞台を作ることに全力を傾ける。その連鎖でいければいいと思いますね。
森川 やるからには大勢の人に見てもらいたい。毎回そう思って稽古や舞台に向かっています。今回ホームページを作ったのもそういう気持ちがあったからなんです。

−細川さんは今後をどうお考えですか。
細川 いかんせん制作もいないし、現行の体勢では限界だと思います。これからまだ行けるぜと思えるか、もう限界と感じるか、今度の公演が試金石のような気もしています。書くことが好きなので、これからも活動は続けていきたいと思っていますが、劇団という形を続けていくには、新しい血がはいらないと難しいかもしれません。年齢も年齢なので、これからどうするか問われていることは自覚しています。だから今回は気合いを入れて取り組んでいます。タイニイアリスでやらしてもらうし、地下でうごめくエネルギーを爆発させていと思います。大勢の方々にわれわれの舞台、芝居を見てもらいたいと思います。
(2007年6月11日、東京・成増の稽古場で)

【関連情報】
・プリンアラモード鯖第2回公演「DOCK’N DOCK’N」(西村博子)Alice's Review
http://alices-review.tinyalice.net/?eid=29298

ひとこと> 未見の劇団ですが、インタビューの端々に、別役実、竹内銃一郎、清水邦夫らの作品を養分にしながら、自分たちのエネルギーを舞台に表そうというたくましい意志を感じました。今回の舞台をスプリングボードに新しいステージを開いてほしいと願っています。 (インタビュー・構成=北嶋孝@ワンダーランド)

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