<長野和文さん> 池の下「葵上」「班女」(三島由紀夫『近代能楽集』から)3月21日-23日
「愛の狂気」を別々のアプローチで 池の下 MISHIMA プロジェクト
長野和文さん

長野和文(ながの・かずふみ)
 1962年11月、東京都生まれ。桐朋学園在学中から大野一雄に師事。1996年に「池の下」結成から主宰、演出。寺山修司の全作品上演を計画。利賀演出家コンクール2006にて「犬神」を上演、優秀演出家賞受賞。2007年、「狂人教育」3ヵ国6都市連続公演(密陽・ソウル・大阪・名古屋・東京・上海)。
池の下:http://www.ikenoshita.com/

―今度は三島由紀夫の「葵上」と「班女」ですね。旗揚げが1996年。その年からすぐ「寺山修司初期作品連続公演」開始。グローブ座 春のフェスティバル「青ひげ公の城」(99年)で「寺山修司全作品上演計画」を発表――ずっと寺山にこだわってこられた、と思ってましたので、ちょっとびっくりしました。
  寺山から三島へ、これはなぜ? 寺山にもう飽きた(^o^)とか?

長野 いいえ、別に飽きたわけではなく、寺山修司全作品上演計画は引き続き継続します。今回突然三島のように思われていますが、じつは三島作品は上演していなかっただけで、劇団のワークショップでは10年くらい前から取り上げてきました。

―そうなんですか、なるほど。じゃ、いよいよその成果を、というわけですね。
  寺山全36? 37?作品のうち、今、ちょうど半分。18ぐらい公演されてきたところじゃないかなと思うんですが、これからは三島と寺山を交互に……ということでしょうか。それとも、寺山をこれまで立ち上げて来られて、あいだにちょっと三島を、と?

長野 交互という形にはならないと思いますが、三島作品も継続的に上演できればと考えています。三島の作品は、今でもさまざまな形で上演されていますが、池の下でしかできない現在形の三島を上演していくのが、池の下 MISHIMA プロジェクトです。また、このプロジェクトは、海外での上演も想定しています。

―三島の言葉をどう舞台化するか、海外公演にはまた別の困難がつきまといそう。挑戦ですね。三島のなかでも「近代能楽集」。そのなかでも「葵上」と「班女」にまず興味を持たれたのは?

長野 ふたつの作品とも「愛の狂気」について描いた話で、まずその部分に興味をひかれました。人が人のことを気が狂うまでに愛するというのは、どういうことなのか。二つの作品の愛は、両方とも不可能な愛です。そして、究極的にはその愛は死に至る予感があり、愛の不安があります。前回の「狂人教育」以降、人間の狂気について色々考えていることがあって、演劇を通して狂気とは何かを見せられればと思っています。

―なるほど。考えてみれば狂気は充満してますものね。これからの長野さんのお仕事を見ていくと、もういちどこの社会について、自分自身について発見できそう、ですね。
  寺山の初期作品から「レミング」で終わるまで。母親を描いたのを除けば、仮に少女が主人公となっていても寺山の関心はつねに“男”あるいは“息子”にあった、ように私には思われるのですが、こんどの三島の主人公は2作品とも“女”ですよね。

長野 三島の描く“女”というのは、つねに三島のなかにある女の部分だと思うのです。だから、現実的な“女”ではなく、仮想としての“女”です。そこには女形に通じるものがある。それが、三島の描く“女”の魅力でもあると思うのです。

―なるほど「三島のなかにある女」。私も考えてみなくちゃ。今度の「葵上」と「班女」。ここが見どころ、ということがあったらぜひ。

長野 同じ近代能楽集の「葵上」と「班女」をまったく違った方法で上演します。それは「愛の狂気」を、別々のアプローチで表現したかったからです。だから今回の上演では、2つの世界を見ることができます。
  また、このところシンプルな舞台が続きましたが、今回は飾ります。舞台全体が美術作品のようになります。

―ワオ! 三島が想定した(であろう)能舞台。それまでの日本の「新劇」の、現実を模倣する装置とは異なるシンプルな空間を作ろうとした裸舞台。それともまた全然違う長野ワールドが出現しそうですね。
  話は飛ぶようですが、昨年「狂人教育」で大阪、名古屋、東京の国内3都市だけでなく、韓国の蜜陽(ミリャン)とソウル、それに中国は上海。海外3都市の演劇祭にも招かれて行かれましたよね。日本と海外と、お客さんは違います?

長野 まったく違いますね。まず、韓国のお客さんは芝居を見るテンションが非常に高い。蜜陽演劇祭の観客なんか、まるでお祭りに来たみたいなノリでした。一方、上海の観客はたいへん冷静に見ている。だけど、興味があったり、ひきつけられたりするところでは、大きな反応がある。日本の観客はお行儀よくて、いいんだか悪いんだか反応が分からないところがあります。

―言葉(台詞)はどうでした?(通じました?) 言葉と体表現と、実際に舞台から「狂人教育」をプレゼントされて何か感じられたことありました?

長野 韓国では、まったく字幕などは使わないで上演しましたが、身体言語的表現が多いので、本筋の部分は理解してくれました。上海では、完璧な字幕を向こうが作ってくれたので、はじめは観客も字幕を見ていましたが、途中からは字幕はほとんど見ないで舞台に集中していました。
  今回3ヵ国で上演して感じたのは、それぞれの国の観客の興味の持ち方の違いです。韓国の観客は「狂人教育」の家族の関係について関心があるようで、その部分で大きなリアクションがありました。上海では、狂気の過程でだんだん家族が同じ行動を取りはじめるというところにリアルな反応がありました。これは、政治体制の違いや、民族的な特色などのためだと思います。一方、日本では役者の身体表現に対して、いちばん興味を示していたみたいです。

―12月にタイニイアリスにソウルから来演した「反」「前進シアター」と、南京からの「南京市話劇団」。ぜんぶご覧になったと思うんですが、逆に、観客として言葉と身体はいかがでした? 演劇は国境を越えられるかどうかという点で。

長野 日本の小劇場系の演劇にない言葉の強さを感じました。それは、彼らが伝えたいと思っていることの大きさだと思うのです。現在の日本の小劇場系の劇団の公演を見ていると、この人たちはもしかしたら伝えたいと思うことが何にもないのではないかと感じてしまうことがあります。演劇をやりたいから、やっているだけで、脚本も演出もそのためのアリバイでしかないように見えてしまう芝居が多すぎます。そういった意味では、いまの日本の小劇場系の演劇で、国境を越えられる作品は少ないのではないでしょうか。
  一方、同じアジアの国でも韓国や中国の小劇場演劇は、メッセージ性があるように感じます。伝えたいものがあれば、演劇は国境を越えられると思います。
  身体に関しても、実験的なものは見られませんでしたが、全身で伝えたいというテンションの高さは感じられました。

―また上海へ招かれて行かれるとお聞きしましたが?

長野 上海の公演のあと、上海戯劇学院の学生を対象にワークショップを行ったのですが、かなり好評で、演劇コースの教授から長期間のワークショップは出来ないかと依頼され、4月に2週間ほど行ってきます。劇団からも俳優を何人か助手で連れていく予定です。

―前に長野さんから、寺山修司にこだわったのは、そもそもアントナン・アルトーの身体表現への関心からだったと、これまた私には意外なことをお聞きして驚いた記憶があるのですが。
  今度江東区にアトリエも開設なさったし、ずっと前から独特のワークショップを合宿もしながらなさってるとお聞きしましたが、長野メソッドといったものがあるんですか?

長野 劇団のアトリエは、昨年5月に江東区の東砂に開設しました。3ヵ国6都市連続公演を実行するためには、作業場としてのアトリエは不可欠だと考えたからです。作品づくりが佳境に入ると、劇団員全員がこのアジト(^o^)で泊まりこみの稽古をします。3間四方のタイニイな空間ですが、簡単な照明設備なども設置して、いずれはアトリエ公演なども行いたいと考えています。
  長野メソッドとはとくに呼んではいませんが、池の下独自の訓練方法はあります。おもに舞踏系の技法と、能の身体所作と、最近では古武術の身体操法などから、ワークショップメニューを作っています。ただ、池の下の特徴として、作品ごとに表現方法がかなり変るので、ワークショップのメニューも固定せずに有機的に発展させています。

―今度の三島。よくある三島紹介なんかじゃなく、長野さんでなければならない「葵上」と「班女」になると期待してま〜す。

ひとこと>仏団観音開きの初日、と思って出かけたらゲネ。もうひとり間違えて来ていた人がいて、それが長野和文さん。ありゃりゃの二人が近くの珈琲館に流れ込んで、折角のチャンス、前からお聞きしたいと思っていたことを矢継ぎ早にお尋ねしたのが、このインタビューとなりました。大好きな梅澤良太さん(「狂人教育」の祖父役)にも伝言頼めたし、私は満足、満足(^o^)です。(2008.1.12 インタビュー・構成 西村博子)

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