<金民樹さん> 劇団タルオルム第4回公演「ゆらぐ」(2009年1月23日-25日)
震災の記憶と向き合って紡ぐ 在日3世らの舞台、東京初登場
金民樹さん

金民樹(きむ みんす)
  在日3世を中心に結成。朝鮮語を母語とするもの、全く話せないもの、朝鮮語に魅了されて勉強している日本人からなるバイリンガル劇団。2005年6月「孤島の黎明」で旗揚げ。いきなり638人の動員。本公演「歳月」(2005)、「大阪環状線」(2006)、「ライン」(2007)のほかに、マダン劇「4.24の風」「記憶」などを持って精力的に全国巡演や初級、中級の朝鮮学校公演をしている。
劇団サイト:http://www.office-wink.com/tal-orum/index.html
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−今度の「ゆらぐ」。その作品づくりのために千葉へ、わざわざ大阪から出て来られたんですって? 何しに?
 「ゆらぐ」は、関東大震災を体験した在日1世のおばあちゃんの「記憶」を軸に物語が展開するのですが、千葉に実際に体験されたハルモニ(おばあちゃん)の娘にあたる方がいらっしゃるというので、早速話を聞きに行きました。ハルモニは去年、満100歳で亡くなられたのですが、震災の体験をよく話されていたそうです。

−どうしてその方に会いたい、と?
 おばあちゃんが「記憶」にどう向き合ってらっしゃるのかを、直接お会いして肌で感じたかった、といったところでしょうか。

−それで、会われてどうでした? やっぱり会ってよかった? それとも…。
 正直、頭の中がまだ整理されていません。ただ、彼女の姿や声を私の全神経が覚えています。やはり会うべきだったのだ、と。
 
−作品はもう出来上がってる?
 第一稿は。これから、鬼のような修正・加筆が(笑)

−ふーん。今日千葉でその方に会って、そしてその足でタイニイアリスへ寄ってくださったわけですが、どうでした? タイニイアリスのスペースは作品のイメージと……。
 静かで情熱的で、恐ろしくもあるタイニイアリスの空間でした。役者と観客の双方のため息さえ共鳴しあえる劇場は、しびれるくらい、好きです。

−この大阪公演のチラシ。リバティホールですか、ここで「ゆらぐ」をまず初演なさるんですね。
 はい。

−ふーん。ずいぶん大きいスペースみたいですね。
 まったく異なる空間です。なので、初演終わってすぐさま東京公演に向けて作品の創りなおしにかかります。

−タイニイアリスは“ちっちゃなアリス”という意味。その名の通りちっちゃなスペースですが、なんか工夫して、そのマダンの感じ、出して欲しいですね。ソウルで以前よく見ましたよ、舞台が四角く客席に突き出ていて、それをお客さんが三方から取り囲むという…。あの独特な形は伝統を踏まえてるんじゃないかしら。
 ええ。朝鮮半島では、古くから支配層を風刺した劇などが行われてきました。演者と観衆が共に笑い、共に怒り、共に泣く。そのような劇団を目指しています。

−話はちょっと飛びますが、私が大阪でお近づきになった在日の方は、まず劇団態変の金満里さん。もう25年も前ですが(笑)。次にMayの金哲義さん。それから劇団タルオルムのあなた。この3人だけです。関西は在日の劇団、東京に比べたらぐーんと多そうな気がするんですが? マダン劇も。以前、光州のマダン劇にタイニイアリスへ1回来てもらったぐらいで東京じゃ滅多見られないけど、関西ならいつでもどこでも演っていそうな…。
 私が知る限りでは…他にありません。
 
− ええッ、そうなんですかあ。それはまったく意外でした。アランサムセの演出家。朝鮮大学の金正浩先生ご存知? いつも俳優としても舞台に出てられますけど。
 大学の恩師です。

−えええッ。世間は広いようで狭いとはよく言いますが、ほんとなんですね。じゃ、正浩先生を在日朝鮮の、近・現代劇を最初に旗揚げなさった方、少なくともそういう演劇運動の第一世代と言っていい、ですか?
 正浩先生始め、金智石さん(のちパランセ)たちが旗揚げしたアランサムセの公演を観て、私もこの世界に飛び込む羽目になりました。私たち自身を、第二世代と思っています。
 
−朝鮮大学って、東京の小平市にあるあの朝鮮大学、ですよね。民樹さんはそこの…?
 演劇部でした。

−大学で正浩先生に何教えてもらってたんです? 文学?歴史?
 私、学部は、政治経済だったので、講義は受けたことはないんですよ。正浩先生は、演劇部顧問だったのですが、夜中3時、4時まで大浴場の上の畳部屋で、公演の指導なのか、先生のショータイムの観劇だったのか…真夜中に異様に高いテンションで過ごした記憶があります。

−そんな、朝3時、4時までもって。何てすっごい情熱。滅多にない先生ですね。
 強烈な印象で覚えています。演劇部以外の空間で会う、正浩先生は別人なんですけどね。それ、見習ってます(笑)。

−その大学を出られたってことはつまり、民樹さんはバイリンガル。2か国語話せるってことですよね。ワー羨ましい。芝居は何語で?
 バイリンガル劇団を自称しています。作品によって、両言語で上演もします。今回の「ゆらぐ」は、劇中、母国語を使いますが、ほとんどは、日本語です。

−民樹さんに初めてお会いしたのは私が大阪へ朴根享演出の「ONE WEEK」を観に行ったとき。芸術創造館の廊下で金哲義さんに紹介された。覚えててくれます?
 とってもとっても。

−そのとき哲義さんが、彼女、僕の高校の後輩だけど、彼女のタルオルムはMayよりお客さん多いって言ったか、動員数多いって言ったか、とにかくそう意味のこと言って紹介してくれた。そのころ哲義さんのMayが大阪で観客数600にあと数人、その次たしか800人にあと何人とか、どんどん上向いてて、May以上って、いったいどんな芝居を?と私の好奇心ムクムクッでした。
 うーん。動員数は、人脈が9割なので、評価対象ではないはずです。ただタルオルムは、いろんな方に後押しされてる劇団というか…旗揚げしてまだ3年です。でもこの3年をふり返ると、ぶふぁあ!という向かい風が私たちを吹きあげているようです。その風に吹かれながら、私たち自身の物語を紡いでゆきたいと思っています。

−タルオルムって、どんな意味ですか。
 タルは「月」。オルムは「昇る」を意味します。人々が夜道を歩けるように照らせたらいいなあと。太陽の光を受けながら。

−昇る太陽でなくて月、なんですね。なんか屈折してて面白い。期待してま〜す。

ひとこと>民樹さん、千葉帰りのこのインタビュー。Alice Reviewへのアップをぐずぐずしているうちに、大阪公演(10/18〜19 4回公演)とっくに終わり、「今夜、韓国プサン公演を終えて帰ってきました。一週間の滞在でした」というメールももらってしまった(11/20)。ワルイワルイ。
  タルオルムのこの凄い勢いに、いったい釜山ではどんな様子?と、民樹さんの「団長ブログ」(http://blog.naver.com/sowon615.do)を覗いてみたけど、残念ながらハングル。ただその写真から想像するしかありませんでした。
  いま彼女は東京公演に向けて加筆中と、これはMayの金哲義さんからの間接情報。彼女を突き動かすものは? どんな舞台? 演技の腕前は? いよいよ目撃できるときが近づいてきました。(インタビュー・構成 西村博子)

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