<田川啓介さん> 劇団掘出者第7回公演「まなざし」(2010年3月19日-23日)
 場所も時間も登場人物も外れて行く

田川啓介さん

田川啓介(たがわ・けいすけ)
1983年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部卒。在学中の2005年に劇団掘出者を旗揚げ。代表。全公演の作・演出を手がける。第6回公演「誰」で第15回劇作家協会新人戯曲賞最終候補にノミネート。2009年4月から青年団演出部。
劇団掘出者webサイト:http://horidasimono.main.jp/pc/page/top/
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−今度は第7回公演ですね。昨年3月が第6回。この1年間に特別公演とか15分ぐらいの舞台を見せるイベント(15 minutes made)への参加とかいろいろ活動しています。そこで質問ですけど、特別公演と本公演はどう違うんですか。
田川 特別公演はまだ形にできる自信のないものを試してみようとしています。自分の作品の書き方がそれまでに何となく決まってきていて、何とかしなければとは思っていました。でも従来のやり方ではなくあえて別の書き方にして、本公演で失敗するのは嫌だなあと。それでとりあえず特別公演で試してみて、それでやれそうだと思ったので今度の本公演でも新しいやり方で台本を書き進めてみました。

−特別公演の新しい試みってどういうことでしょう。
田川 前回の第6回公演「誰」は、主役の男優のおっぱいが出たり、男性が女性になる美輪明宏のような役が登場したり、いかにもリアリズムという書き方ではなかったんですが、もっともっと発想を飛躍させたいと思ったんです。でもぼくはずっとリアリズムで書いてきたので、飛躍したらお客さんが付いてきてくれるかということもありましたし、それよりも自分が書ききれるのかどうかという見極めが付かなかった。でも特別公演で自分なりにやれそうだ、大丈夫だと見当が付きました。

−リアリズムから離れる、それにプラス…。
田川 ワン・シチュエーションの舞台だけでなく、さまざまな場面転換を折り込んだり、一人一役にこだわらなかったり、さまざまです。自分で書いてみて意外に楽しかったんですよ(笑)。

−前回の「誰」は場面も配役も固定していましたね。むしろ前々回の「ハート」は場面も配役もくるくる変わっていたと思うのですが。
田川 そうなんです。「ハート」を書いてみて、やっぱりそのやり方は自分に向かないのではないかと思って、次の「誰」では元に戻してしまいました。同世代や僕より下の世代の人たちが作る舞台はすごく自由でいいなあと思って、それに比べると、自分の舞台が窮屈に思えて。ルールに則っているから楽と言えば楽なんですけど、そこを自覚的におもしろく壊せるようになりたいなあと思います。岸田國士戯曲賞を受賞した「ままごと」の「わが星」もすごく感動しましたし。現実から離れないと書きづらい。現実をなぞっていると、現実に負けている気がしますね。

−昨年の第15回日本劇作家協会の新人戯曲賞では最終候補作に田川さんの「誰」が残りましたね。受賞は逃しましたが、評価は高かったでしょう。
田川 選考委員の中で推薦していただいたのは横内謙介さん(扉座)一人でしたけど(笑)。

−「誰」を見て感じたんですが、初めはちょっとずれていたのに、舞台が進むにつれてドンドンずれていく、その危ない可能性がおもしろかった。
田川 ぼくもそこをやりたかったんです。「誰」公演が終わってから、松井周さんの「通過」を読んだんですが、やっぱりすごいと思いました。僕は観れなかったんですがご覧になりましたか。

−「通過」は再演でしたね。ぼくは初演も見てますが、アダルト映像が氾濫しているいまにふさわしい、若年男性の性的妄想の作り方作られ方に興味を持ちました。彼の資質なんでしょうか。奇妙で不気味な関係が突出する作品と類型的な関係で終始する作品が混在している気がします。
田川 松井さんは作品を重ねるごとに、ドンドンへんな方向にずれていくので、ぼくはあこがれますね(笑)。でも真似しても始まりませんね。

−お話をうかがって、作品の方法論を意識的に考えてきたことがよく分かりました。旗揚げ当初からずっとそうだったんですか。それとも転機があったんでしょうか。
田川 2007年に「15minutes made Volume1」(Mrs.fictions主催)に参加して、小指値(「快快」の前身)の舞台( 「R時のはなし ver.0」)を見てからですね。自分たちはなんてショボイことをやっているんだとショックを受けました。それまでは仲間内だけで上演してきた舞台だったんです。当時もぼくが演出担当でしたが、好きにやってよという感じ(笑)。ほかの劇団の公演もあまり見ていなかった。それで同じ舞台に並んでしまって恥ずかしいというか…。テキストはそうでもなかったんですが、自由な演出に驚きました。どうしてこんなにおもしろいんだろうと、それ以来随分考えましたね。

−作品によってカラーが違うと言われてましたが。
田川 小指値の舞台を見てから、ぼくに迷いが出たからではないでしょうか。第4回公演「チカクニイテトオク」はワン・シチュエーションのウェルメイドな台本でしたが、演出を変えるとか割に工夫しました。次の「ハート」は台本の書き方をがらりと変えようとしたんですが、途中でぼくが怖くなってしまった(笑)。共感能力があれば、人の痛みがドンドン乗り移ってその人になれるんじゃないかと考えて書き出したんですが、この世界に共感があるのかと。あるノンフィクション作品を読んだとき、殺人を犯した少年に、弁護士さんが「キミが殺したおばあちゃんとキミはつながっているんだよ」と言う場面がある。そのとき、外の世界はホントに共感でつながっているのかと考えたら、分からなくなった。つながってないじゃないか、という感じがして、そのあと迷い迷いして、台本が書けなくなってしまった。中途半端になって失敗したなあと。

−それで「誰」では元に戻ったんですか。
田川 ええ、まあ。でもそれまで資料をたくさん読んで参考にしていたんですが、「誰」を書くときは一冊も読まないようにしようと思いました。年間3本も4本も書くとして、ぼくは本を読むのが遅いから1本書くのに30冊も読まなくちゃいけないなら、とてもじゃないが書けない。1冊も読まないで書けるようにしようと思ったので、「誰」は自分の中にあることだけで書きました。

−作品の舞台は大学のサークルで、「まなざしの会」でしたか。自分の弱さや嫌な点を見つめ、互いに話し合うという趣旨の集まりでしたね。
田川 はい。

−そういう会を実際に取材したんですか。
田川 エッ、実際にあんなサークルがあるんですか(笑)。一瞬、驚きました(笑)。あれはぼくの想像の産物です。

−芝居だけにしてほしいサークルですよね(笑)。公演の評判はいかがでしたか。
田川 賛否両論でした。

−と言うと…。
田川 弱い若者がウジウジしているだけの芝居じゃないか、という声もありましたね。

−でもマッチョな人たちが集まって盛り上がる芝居も気持ち悪いよね(笑)。
田川 マッチョな人はぼく、だめなんです(笑)。

−芝居を見て元気になってもらうとか人生の糧にしてほしいとか、それはそれで結構だと思うけれども、芝居が生活に直接役立たなければいけないという考えだと身動きできなくなりそう。そういう軸でいわれるとちょっと困っちゃうね。人生の消費財とは違った界面に演劇活動の意義があると思えるんだけど。
田川 いま笑って泣けるウェルメイドの芝居の方が受け入れられて、それ以外はあまり受け入れられないような気がしますね。

−試行錯誤や実験に付き合いたくない、外れや失敗はごめん被りたいとか。そんな感情が広がっているのかもしれない。お金払った分だけ楽しませてほしいという、観客の費用対効果比の露骨な欲望が肥大化している雰囲気があるのかなあ。 今度の公演タイトルが「まなざし」ですね。前回出てきた「まなざしの会」とつながりがあるんですか。
田川 関係ないです。 離婚や再婚が今より更に敷居が低くなり、今よりも片親やステップファミリーが当たり前のようになった世界が舞台です。それとこの世界では、戸籍に犬や猫や植物、果てはぬいぐるみまで登録することが出来ます。だから、今度来た9番目のお父さんの連れ子はシダ植物だから、今日からこのシダ植物はオレの兄貴だということが普通に起こります。 今回も最初はリアリズム的な進行ですが、それが場所も時間も登場人物もだんだん飛んだり変わったりしていくことにできたらいいなあと思います。着地がまだ決まってなくて困ってますが(笑)。

−今回は新しい役者が客演しますね。田川さんが声をかけるんですか。
田川 いろんな舞台をみて、おもしろいと思った役者さんにお願いしました。こういうことをやってほしいと思ったことを念頭に置きながら台本を書いています。

−どうして客演してもらうんですか。
田川 暮れの特別公演でフリーとか他の劇団の俳優さんたちに客演してもらって、すごく刺激になりました。当たり前かもしれませんが、ぼくが言ってやってもらうだけじゃなくて、言うんだけどできない、じゃあどうしようかという話し合いができて、自分がやりたいことが逆に分かってきたりしたのが新鮮でした。これからはあまり俳優を固定しないでやってみたい。

−旗揚げは日大芸術学部の同期の人たちと一緒ですか。
田川 はい。

−高校時代は。
田川 演劇とは縁がありませんでした。

−じゃあ、何で演劇を専攻するようになったんですか。
田川 ぼくは高校を卒業してパチンコ屋で1年半働いていたんです。でもやっぱりこのままじゃだめかなと(笑)。それで入試の条件をみたら、日大芸術学部演劇科は設問がほぼ四択で、しかも2教科受験すればいい。そういう条件はそこしかなかったし、受けたらたまたま入った(笑)。

−人生、何があるか分かりませんね(笑)。ドラマですね(笑)。 今回はタイニイアリスフェスティバルへ参加することになったんですが、劇場自体はどんな感じですか。
田川 アリスで何度か芝居を見てきましたが、舞台と客席が近いのがいいですね。芝居はウソなんだけど、舞台に乗っている俳優の身体は本物だし、意識も感情も本物だということが伝わりやすい。ぼくがやりたいことがやれそうな空間なのでいいなあと思います。

−田川さんは青年団の演出部所属だそうですね。いつ入団されたのですか。
田川 昨年4月に入団しました。まだ青年団の若手自主企画も打ててませんので、大手を振って青年団とは言いにくい状況です(笑)。でも出演する俳優さんも決まって、企画書もできているので、来年度中には何とか上演したいと思います。

−劇団掘出者は、青年団リンクにならないのですか。
田川 劇団の公演が新聞や雑誌に劇評・レビューになって載らないとだめみたいです。あと平田オリザさんがOKしないと。

−どうして青年団だったんですか。
田川 昨年2月の「誰」公演はかなり長く小屋を借りて動員数は増えたんですが、それでも赤字が出た。このままでは続かないなあと。青年団の若手自主企画は春風舎で無料で公演が打てるし、リンクになればそれ以上の特典がある。あと青年団の俳優さんはすごく優秀だと思っていたので、一緒にやって演出もうまくなりたいと思いました。ぼくは作家として成長したいと思いますが、自作をそこそこ演出できるぐらいの腕は身に着けたい。優れた俳優と芝居をつくって、食らいついていって、という一石何丁かの願いがありますね。

−これからの予定は。
田川 劇団公演のあと、劇団昴ザ・サード・ステージLABO公演で、昨年書いた「誰」を取り上げてもらいます。4月28日から5月2日までです。

−新人戯曲賞の最終候補作ですね。若手自主企画の上演も期待できそうだし、今年は飛躍の年になりそうな気がします。楽しみです。
(2010年2月25日、東京・江古田の喫茶店)

ひとこと> 実は依頼を受けて、今回の公演チラシにこんな一文を寄せました。
「◎亀裂に錘を垂れる胆力 ちょうど1年前に劇団堀出者第6回公演「誰」をみたのだが、その舞台の特異な感触がいまだに生々しく残っている。大学のサークル部室を舞台に、どこかに歪みや闇、過剰や欠損を抱えた部員らがうごめく小空間が描かれていた。しかし急ごしらえの出口が提示されているわけでもなく、「いま」の岩盤とその亀裂に深々と錘を垂れる執拗なスタイルが際だっていた。その胆力が今回はどういう風景を現出するか、ぼくは熱く期待している。」
  いまも同じ思いです。(インタビュー・構成 北嶋@ワンダーランド)

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