<Dr. エクアドルさん> ゴキブリコンビナ−ト第26回公演「カウパ−忍法きりたんぽ」(2011年2月17日-20日)
 下品の極北に輝く伝説の劇団の新作、志は高い

Dr.エクアドルさん

Dr. エクアドル
1966年生まれ。福島県出身。大学在学中よりサークルにて演劇活動を始め、卒業後はフリーとしてあちこちの小劇場公演に参加する。1994年ゴキブリコンビナート結成。以後、十数年にわたり、底辺にうごめく救われない人たちの生き様を描く作品を一貫して発表し続ける。ミュージカル形式を取り入れ、歌あり、ダンスありのキャッチーな面とダークな面を併せ持つ作風で恐怖と笑いの宙づり状態に客をたたき込み、熱心な支持者を生むと同時ににおいそれとは近づけない悪名をとどろかす。最近では野外での仮設舞台での公演も多い。
webサイト:http://www.geocities.jp/goki_con/
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−ゴキブリコンビナ−ト(以下ゴキコン)は結成どのくらいですか。

Dr.エクアドル(以下Dr.) 1994年ですので、今年で17年になりますね。

−そうすると、劇団のメンバ−には変遷があったんでしょうか?

Dr. 4人ぐらいが継続してまして。常時でるわけではないですが、今回だったら、10年以上が2名、5年以上が1名。メンバ−は安定していると言えると思います。団の範囲が決まっているわけではないんですが、劇団という考えは持っています。客演の方も自分の場所、自分の活動のメインのところをしっかり持っている方が「一回でてみたかった」という感じでやってくださいます。

−ある意味伝説の劇団ですからね

Dr. (笑)。

−劇評家ということで、ゴキコンってどんな劇団ですか?ってきかれることがあります。その度、「すばらしいよ。日本で最低の劇団だから」って答えてます。

Dr. そう言って頂けると(笑)

−見た方の反応はいかがですか?

Dr. 最近、いいことか分からないんですが、客層も割と安定してまして、構えているというか…。昔は、お客さんが泣きながら帰ったりとかありましたけれども。

−「いつかギトギトする日」(08年5月30日-6月2日、 新小岩劇場)をみて私は衝撃をうけました。

Dr. それは、どうも。

−あの装置のアイディアはどういうところから、発想されるんですか。(水の張ってある床に客席が組まれて島状になっているが、途中で動いて岸の客席と接地し、壁が倒れてきて舞台ができあがる。それまでは水の中と天井に組まれた丸太にぶらさがり、役者たちは演じる)

Dr. ぼくの中では必然性があってでてきます。
  なぜ演劇を選んでいるかというところで、まず平面的なものに対抗するっていう演劇の特性を最大限に生かしていかないといけないだろうと思っているんです。特性とは、「立体的であること」と、「距離感」。舞台が遠いと平面的になってきますよね、ですから、この二つを二つともに工夫を盛り込んでいかないと、質の悪いテレビをみているようなことになってしまうと思うんです。例えばテレビだったらアップになったり、一瞬で画面が変わったりしますが、それは演劇ではできない。
  どんなおもしろいスト−リ−作ったところで、演劇には制約やできないことが一杯あるわけで、だから、じゃあ演劇ではなにをだしていったらいいかということを考えているわけです。一つの空間にお客さんをとじこめてるわけですから、その空間を全部生かすことはできないかどうか考えてます。
  プロセミアムがあって、一文字幕があって袖幕があってという仕切られた空間の中に一つの作品があるということではなくて、そのひとつの場全体が作品として生きればいいんじゃないかと試みています。
  そういうところから、工夫をもりこんでいくので、決してお客さんに「嫌がらせ」をしているわけではないんです。サ−ビス精神でやっているつもりです(笑)。

−物語そのものへの興味というのはいかがですか。びっくりするような空間や世界が展開していきますけど、「物語」そのものへの興味という点ではどうなんだろう、と邪推してたんです。

Dr. う−ん。
  受け手としては物語は大好きです。マンガも大好きで。たとえばポップソングにしても、設定というのがありますよね。歌っているのは、歌手自身のことではないわけですし。架空があるわけで、まぁ、普通の人たちも生活は虚構に囲まれているわけで、無自覚的に「虚構」がみな大好きなんじゃないかと思うわけです。ただ、私はスト−リ−テラ−としては自信がないです。
  そうなるのは多分、物質性先行というか、即物性先行というのがあるからだと思うんです。戯曲として文学史に残るものを書こうという気はさらさらないですし、ある空間があって、この空間では、劇場さんのご厚意で、動物だしてもいいということができたとしたら(09年「人間動物園」タイニイアリス)、野外であれば重機がだせる(『何も言えなくて...唖』公演、2010/6/11〜6/13 、木場公園)というならば、そこからどういうシチュエ−ション、どういう設定があれば笑えるのか、興奮するのかそういうところでスト−リ−を考えていきます。
  モノとか場所とかそういったものが先にあって、そこから発想したいんです。
そういう意味ではスト−リ−を軽視しているのかもしれませんが、文学者でも純粋にスト−リ−を追って書いているわけではなくて、なにか自分の文体というものがあって、その文体の中で自分が筆が進むスト−リ−展開というの選んでいるはずです。マンガでもいい絵がとれるためにスト−リ−展開したりするとおもうんです。映画でもそういうことがきっとあるでしょう。
  純粋にスト−リ−を構築するものってないんじゃないかな、という気がします。
うちの劇団は極端ではあるんですが(笑)、なによりも伝えるのが…、逃げるので精一杯というところがあってか(笑)、スト−リ−を伝えるところまで十分に配慮がいかないということがあるかもしれません。あまりにもモノが先行しすぎていることは反省材料です。

−演劇にしかできないことのためにマテリアルや肉体に拘り続けているわけですね。

Dr. そうです。

−ただ普通にみたら、暴力的だし、下降志向に見えますが、その向こう側にリリシズム溢れる瞬間が垣間見えて、一端極端に落ちて、そこまで落ちるからこそそれが見えてくるのを感じることがあるんですが…

Dr. ああ…どうなんでしょうか。

−そもそも演劇に関わったきっかけはどんなものでしたか。

Dr. 大学入って、東京にでてきまして、芝居をみたりするようになりました。初めて見たのは、「東京グランギニョル」のは「ワルプルギス」(86年)です。衝撃でした。実演は大学でサ−クルをつくるというので誘われたのが、89年くらいでしたね。
  人脈的には唐十郎さんなんですが、受け継いでやっているわけではないですね。その時代のニュアンスをとりこんで、違う形で昔のアングラにあった猥雑さなんかを、継承する形でなくやっていこうと続けているわけです。
  学生期間が終わって、翌翌年には今の大道具会社で働き始めてました。劇団を作るより前ですね。

−そうするとここ20年くらいの舞台の大道具、装置の流れはつぶさに見てこられたんですね。

Dr. ぼくがやってるのは、未だに足袋雪駄履いて、尺寸でという世界なんでご想像とは違うと思います。コンサ−トの現場とか行くと、今ってメインの装置って、油圧とか、モ−タ−のすごい世界なんです。そこはそれ専門の人たちがいて、手は出せないんですね。ぼくたちはその装置の穴埋めみたいなところで、昔ながらの「叩き」をやってます。ジャニ−ズなんかのお金が動いてる世界とはかけ離れていて、「釘打つ人」という影が薄い存在です(笑)。発明された機械をもってくる人たちのさらに裏方という感じで、裏方の裏方というところでしょうか。

−平台は「さぶろく」ですものね。いまだに。

Dr. そうです。そんなに変わってないんです。釘よりビスを打つようになったってくらいで(笑)

−電動ドリルになった(笑)

Dr. そうです。

−それはゴキコンに役にたってますね。

Dr. それはそうなんですけど、仕事で得たモノが確かに役にたつんですが、それを一度、カッコにくくりたいというのがあるんですよ。
  例えば前回公演でショベルカ−使いたいと思い、出したんですが、大道具の世界には無いんですよ、ショベルカ−って(笑)。
  そういう無いものをどんどん投入していきたいんです。舞台監督でも対応できないものをですね。
  自分がもってるノウハウを生かしてはいるんですけど、そこを見せるんじゃなくて、それは裏に回してしまって、対応できないことをやっていきたい。
裏方の仕事なんかやって無かった方がよかったんじゃないかって思うことすらあります。 「上下」とかわかんない方がよかったんじゃないか。知らなきゃもっと工夫したんじゃないかと最近考えたりします。
  なるべく意図的に「知らない」ふりをしたい。そういうことでせめぎあいをしたいと考えてます。つまり舞台環境を意識的に考えないでやりたい。じゃないと結局お金の勝負になっちゃうと思うんです。みなさん、公演をやろうとすると最初に音響、照明、装置なんかの裏方に頼むじゃないですか。そういうのをやめて、一回ノウハウや技術を忘れて、自分でやるというのは意外と未開拓なんです。意外とみなさんそう考えないんで競合しないんですよ。そういう意味では楽ですね(笑)だれとも被らない。

−ゴキコンは借りる劇場がないというのが、伝説ですが(笑)

Dr. 結構、出入り禁止が多いのはたしかです。
もちろん迷惑をかけようとしてるわけではないんですが、「あれもやりたい、これもやりたい」っていう欲がしらずしらず、無理になってしまうことがあるかもしれません。
実際、現場では思ってたとおりにはいかないので、もちろん多めにはアイディアを考えているんですが、その場で考えないといけないこともあって、必要にせまられて工夫するということもあります。でもアイディアを出さざるを得ない局面に意外といい方向がでてくることはありますね。

−役者が安定してるってことは有利にはたらきますね。

Dr. 稽古場やゲネでは出来ないアイディアも多いです。時々稽古してて、悲しくなったり不安になることあります。だから考えて考えて、初日は無事に終われば、救急車来なければいいな、って必死になってます。

−野外は前回までにどのくらいおやりになりましたか。

Dr. 3回目でした。むかしは野外なんてとてもとてもと思ってたんですが、意外になんでもできるもんでした。手を出せないと思ってた、オ−ルスタンディングやミュ−ジカルでの作曲なども、やりたいと強く願っていたら、できてしまうものでした。自分が見たいと思う渇望感があるとできるんだなということです。野外は制約が少ないかなとおもってたんですが、今度は「公序良俗」ということでしばられますね。

−さいごに今回の作品についてお話しください。

Dr. 04年に「ナラク」というのを額縁芝居でやりました。その同一線上に位置する作品になります。前回の野外で手応えを感じ、進化できたのと感じましたが、そこからすぐ延長してとはいかないと思います。今回は全く反対のことをやったほうがうまくいくかなと、派手さは失いたくないですが、密室的な空間で額縁芝居にしようとしてます。そういう制約を自分たちに課してやってみます。空間の大小だけでなく、ギュッと深める感じといいますかね。今回はわかりやすいです。ただ…過去最大級に下品なので、そこをお楽しみ頂きたいです。

ひとこと>小劇場関係者では知らぬ人はいない伝説の劇団。喧噪と混沌の中にロマンが生まれたり、生まれなかったりする作品。暴力的なまでのエネルギーと下降志向に圧倒されているのは一種の修行のようだが、何度か見ているうちにその伝染力に中毒になる。しかし、お話しを聞いて思ったのは、主宰Dr.エクアドルの沈着冷静さと自らを突き放してみれる自己への言及力。舞台が理知的に構成されていることに納得する。「こわいものみたさ」ではなく、「みなかったことをこわがる」ことが必要だと思う。(インタビュ−・構成 カトリヒデトシ)

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