<鈴木厚人さん> 劇団印象第8回公演「父産」(とうさん)(6月8日-11日)
「男性はどうしたら父親になれるか 漂うアイデンティティを描きたい」
谷口有さんとあおきけいこさん

鈴木厚人(すずき・あつと)
1980年5月、東京都千代田区生まれ。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、演劇活動に専念。劇団印象代表。作演出担当。2003年2月に旗揚げ。今回の「父産(とうさん)」は第8回公演。
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−「父」と「産」の漢字二文字で「とうさん」と読ませていますが、その「とうさん」は、役の名前ですか、それともただのタイトルなんですか。
鈴木 劇団「印象」はいつも、二文字の公演タイトルにこだわってるんですが、そうすると日本語の構造がわかるんです。日本語は漢字二文字だと修飾語−名詞という関係か、主語−動詞という関係になります。過去の公演を例にすると、『幸服』(こうふく)は幸せ「の」服。修飾語−名詞ですね。ずっと、修飾語−名詞でタイトルを作ってきたんですけど、前回の『愛撃』(あいうち)から、主語−動詞でタイトルをつけたくなって、だから、愛「が」撃つ、なんです。今回もタイトルは、主語が上の「父」で、動詞が下の「産」っていう組み合わせで二文字のタイトルを作りました。だから「父が産む」話です。

−なるほど。最初に漢字で見ると「父が産む」なんだけど、耳で「とうさん」って聞くと企業が「倒産」するのかと考えて、そういうダブルミーニングなのかなあと思いましたが。
鈴木 今回は会社が倒産するという意味はありません。だからフライヤーの字もふだんは傾いてたりするのがすごい好きなんですけど、できるだけ真っ直ぐなレイアウトでやらないと、そっちのイメージに誤解をされちゃう。今回のタイトル文字は傾いていません。

−チラシ制作にはどういう注文を出したんですか。
鈴木 実は絵に関しては一回描き直してもらっていて、最初は、トンネルの中にある駅に父親が立っているという抽象的なイメージだったんですが、父を産むって、さっきおっしゃられてたように会社が倒産するのイメージにとられたくなかったんで、父親が出産しているような、こっちの絵に最終的にはまとめてもらいました。

−鈴木さんは前回のインタビューでウェルメイドの舞台を作りたいと話していましたね。鈴木さんが考えるウェルメイドはどういうスタイルを指してるんですか。
鈴木 ウェルメイドっていうのはお客さんと作り手が「僕たちってわかりあえるよね」「うん」って言ってるような関係。安心してみられるって、そういうことだと思うんです。お客さんとすぐ友達になれるっていうのがウェルメイドかな。
  演劇でも映画でも小説でもいいんですけど、ウェルメイドじゃないおもしろさっていうのは、例えば殺人鬼や狂人と友達になろうとするということでしょうか。僕の中にはすぐ友達になれる人と友達になるウェルメイドの楽しさもあるし、すぐ友達になれない、もしかしたら殺されちゃうかもしれない人と友達になりたいっていう別のおもしろさに引かれる気持ちもあるんですよね。でも、時々普通の人も普通じゃない人に変わる瞬間っていうのがやっぱりあるんですよ。それは人間だから。だから、表面的にはウェルメイドの形をとりつつ、普通の人が変質していく一瞬を捕まえて、そっちとこっちを繋げるような演劇をしたいと思いますね。

−鈴木さんが舞台で要求する演技、演出ってどういうことなんですか。具体的には演出のとき、何を皆にどんなことを言ってますか。
鈴木 演出家を疑え、だけどどういう風に演出家を信じられるかとか、この脚本のどの部分を信じられるかっていうことは常に考えてほしいと言ってます。演劇は、嘘で観客を騙していくもの、つまり嘘で観客を魅了していくものだと思うから、まず、僕が脚本や演出でどんな嘘をついているか、役者に考えてもらいたいんですね。でも嘘は、嘘だとバレたらもう嘘じゃなくなっちゃう。だから、どうしたら脚本や演出をリアルな嘘として信じられるようになるか、その方法を見つけて稽古場で出してほしいとずっと言い続けてます。

−ウェルメイドの芝居は、役者さんの力量をものすごく要求するような気がするんです。そこで演出の鈴木さんが苦労されてるのかなと思ったんですけど。
鈴木 役者の演技の統一性にはそこまでこだわってないですね。コントぽい演技をする役者がいても、その役者が魅力的に見えてると思えばそこはOKにしちゃうかな。
 こだわってるのは呼吸と歩き方です。それをきちんとコントロールすることがまず一つ観客が嘘を信じられる要素になるから、絶対足音は立てないように意識しろ、呼吸を汚く吐くなってことは繰り返し言っています。これをベースに、じゃあどんな演出ができるかどんな演技ができるかってことだと思うから。

−足音を立てるとどうなるんですか。
鈴木 いや、立ててもいいんですよ。ただ立てたときにその情報が出ますよね。足音がうるさいとこの人急いでるのかなとか、慌てん坊なのかなあとか。そこで観客は人物の情報を得てるんだと思うんですよ。だからその情報を出してるっていうことを意識してやってるのかってことなんです。無意味に足音がうるさいと、観客の中で人物の情報が矛盾するんです。この人、静かな性格なのに足音がうるさい、もしかして、下手な役者?って感じてしまうと思います。舞台上の人物が下手な役者に見える。嘘が一つバレるわけです。
  今回の「父産」で一番こだわっているのは、アイデンティティの問題です。人物のアイデンティティが一瞬揺らぐあたりをきちんと残していこうと思っています。

−人数が多いと登場人物をどういう風に出入させるかとか考えるでしょう。
鈴木 場面転換は好きなんですよ。動いてるものをただ見ているだけっていうのが結構好きなんです。小学校のとき、台風の日に、家が丘の上だったんで、流れてくる雨水をずっと長靴でいったんせき止めて、それをパーって流す。そんなことを一時間も繰り返していた。とうとう心配になって親が迎えにきたんですよ。そうしたら、家の途中の坂でそんなことをしていた(笑)。場面転換もちょっとそれに似てるところがあって、溜めていた水をパッと流すようなのがやりたいと思ってるんです(笑)。

−またこの「父産」に戻るんですけど、作者や演出として、観客にこういうところを見てほしいというポイントはありますか。
鈴木 ネタバレにならないように言いますね。エーと、そうですね。男性はどうやったら父親になれるのかという難しい問題がまずある。女性は子供を産めば母親じゃないですか。それは自分の体が変化して産まれてくるから自分が母親になるってことは揺るぎがないですよね。でも父親は自分が産むことができないから、本当に自分の息子かどうかはわからないし、父親としてのアイデンティティは揺らぎやすいと思うんですよ。じゃあ逆に、父親が母親になってしまったとき、父親が子供を産んでしまったときにそれはどうなのか。
  父親は子供を産んだけど、それはあくまで母親としてのアイデンティティであって父親としてではないですよね。その意味では、子供を産んでも父親のアイデンティティは手に入らない。じゃあどうすれば父親のアイデンティティを手にすることができるのか、もしくは、手にすることができないのかっていうのがひとつテーマですね。
  今僕たちはアイデンティティを持ちにくい時代になっていると思うんですよ。アイデンティティを獲得できないと不安になって漂う人たちがたくさんいる。僕らと同じようなニート世代にたぶんそれが顕著に見えると思うんです。そういう人たちを風刺するというか、おもしろく描きたいっていうのがこの作品の全体的なテーマですかね。
(2007年5月12日、杉並区の稽古場)

【これまでのアリスインタビュー】
・<鈴木厚人さん> 劇団印象第6回公演「友霊」(ゆうれい)(2006年7月21日-23日)
・ <まつながかよこさん> 劇団印象第7回公演「愛撃」(あいうち)(2006年11月22日-26日)

ひとこと> コメディーはハードルが高いと言われます。しかもウェルメイドになればなおさらです。その難しいところに挑戦しているのが劇団印象です。作品を練り上げ、演技に磨きを掛ける集団のこれからに期待したいと思います。 (インタビュー=北嶋孝@ワンダーランド 構成・写真=鈴木麻奈美)

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